第6話 レストラン蜂の巣にて 其のニ
コウモリフリッターといっても、本当にコウモリを揚げたわけではない。黒ゴマを衣に用いた特大の姿海老フライを胴体に見立て、羽根は衣を薄く拡げて揚げている料理だ。
不思議なことに羽根は向こうが見える網目状になっていて、聞く度に作り方は企業秘密だとおばさんは得意気に胸を張っていた。
ザクッという存在感のある胴体の歯応えが伝わると、芳ばしいゴマの香りが鼻孔をくすぐる。二口目はタルタルソースを付けて食べ、羽根は塩が効かせてあるのでそのままかじった。
サクッと小気味良い感触が次をまた誘う。
「美味しいです」
「当たり前じゃないの」
おばさんは嬉しそうに笑う。ヒートは喋ることなく夢中であっと言う間に料理を平らげてしまった。
口にある最後の一口をゆっくり粗齣して飲み込み、今度は蜂の巣ミルクに手を伸ばした。蜂の巣ミルクは牛乳に街特製のヒマワリの蜜の蜂蜜を加えたシンプルものだ。
ここの蜂蜜は特殊で、シュガーシロップのようにサラッとしていて冷たいものにも溶けやすい。
この地方の変わった蜂がその蜂蜜を作り出すことができると考えられている。ゴクリと音を立てて飲むと、爽やかな甘さとフワッとした花の香りが美味しい。あと口はサッパリとしている。
「ハッハッ、嬉しい食べっぷりだよ! クールじゃそんなに元気に食べないからね」
「クール……? クェインツルですか。少し前からあだ名使うようになったんですよね、町長から聞きましたよ」
「そうそう。便利だからみんな使ってるよ。あたいはパールって呼ばれてる」
「どこが宝石かって話ですよね」
「チナツ……?」
横槍を入れてすぐ、チナツはまた首をすくめた。だいたいいつもの様子なんだろう。
「あれ、でもおばさんって昔も『ヒートちゃん』って呼んでたんですよね?」
「あたいらの家族はヒートちゃんを昔からヒートって呼んでるよ。クールが家に初めてヒートちゃんを連れてきたとき、それが本当の名前だって聞いたからね。クールがそう呼ぶって意気込んでさ、あたいも乗ったのさ。まぁ、あだ名を作る方が難しいくらい短い名前だけどね」
「アハハ、地元でもあだ名はないですよ」
快活なおばさんの雰囲気が心地良く、ヒートは笑った。クェインツルと初めて会った時のことを思い出す。彼はまだ自分を憶えているだろうか?
「今日はもう二階は閉めるから、ゆっくりしておいき。それにあたいもヒートちゃんの住んでいるところの話、実は聞きたいしさ」
「さっすがおばさん!」
おばさんの言葉にチナツは手を叩き、テキパキと店じまいを始めた。
「いいんですか?」
「いいのいいの。昼を過ぎればこの店の役目は終わったようなものなんだから」
明るい口調でチナツ。おばさんも反論しないところを見ると、的外れではないらしい。ただ、チナツには雑巾が飛んできたけれど。
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