第2話 父の課題
ヒートの父は民俗学の研究者であり、いまは大学の教授でもある。
民俗学とは、一つの民族の伝統的な生活文化・伝承文化を研究し、文献以外の習慣や民話、生活用具などの伝承を手がかりに、現在の生活文化を相対的に説明付け、時には保存するという学問だと、ヒートは認識している。
「いまの私たちがどうしてこのようにあるのか? その疑問を、それまで生きてきた人たちの歴史や営みを調べて紐解いていくのが私の仕事だよ」
父からはこう聞かされている。それまで知らなかったもの、見えていなかったものには、考えた人々のロマンがある。
そう好奇心を隠さず熱心に研究する姿を、現在は尊敬している。
大学への進学にあたり、父と同じ道を目指そうと考えている、そう伝えると、一人でこの街を調査することを課せられた。そのまとめた資料やヒート自身の言葉を聞いて、結果次第では繋がりのある大学に、ヒートを紹介してもいいと父は言った。
この街の特殊な点は大きいもので二つある。
一つは、この街のシンボルともいえるヒマワリの収穫祭。
もう一つは、出産時の儀式だ。
後者の方は幸か不幸か、引っ越してきた初日に体験していた。
考えを巡らせている内に、ヒートは町長の家の前に到着した。自分を憶えているかは判らないが、調べる前に挨拶をするつもりでいる。事前に便りも送っていた。
町長の家といっても他の家屋とデザインも大きさも変わらない。門もなく、家は歩道に沿って並んでいる。扉は地面と直接触れない一段分高い位置にある。害虫やネズミを避けるためだろう。
町長宅は教会の隣にあり、「町長宅」という銀色の板が表札の隣に並んでいる。表札に書いてある名前は、風化して読めなくなっていた。
「ごめんください」
呼び鈴のキレの悪い呼び出し音に続いて、少し大きめの声で話しかける。二回繰り返し。三回目をしようかというときに、
「はーい? どなた?」
と、女性の声がして扉が開いた。応対したのは、白髪だけれどしっかりと背筋が伸びた初老の女性。ヒートと目が合うと、警戒して扉の隙間を狭めた。
「……どなたですか?」
向こうはこちらを憶えていないようで訝しんだが、こちらは憶えていた。
「お久しぶりです、ヒルルシャントです。今回のことで事前にお便りは送っていたのですが、僕のこと、憶えていますか? 町長にお会いしたいのですが…」
ヒートは町長夫人に八年前にこの街で授けられた名前を名乗った。
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