太陽がまた散ル頃に

つくも せんぺい

第1話 八年振りの街

 手紙を書くのが好きだったのは、日々を記録したり、伝えたりするのがそもそも好きだったからかも知れない。


 彼とは、一年に何度もやりとりをした。淡い黄色の、蜂蜜を連想させる便箋。

 沢山ある。ちゃんととっている。

 でもその日付は、二年をまたいではいない。

 それから何度か書いたけれども、返事は来なかった。

 

 だから今日、このバスに乗っていることは、彼は知らないだろう。

 ふと、そう思った。



 段差に乗り上げた感触が座席に伝わってくる。すぐにガタガタとバスが大きく震動しはじめた。アスファルトの道路ではなく、石畳の道に入ったことが原因だ。それはかつて幼かった自分が一年足らず住んだ街と、少し離れた隣街との文化の溝が埋まっていないことを現していた。

 目的地はもうすぐだ。


 象牙色の道沿いに花壇が見えはじめ、そこには背が高く黄色い大輪のヒマワリが整列して、太陽に顔を向けている。

 花壇が続く先に、道と同じ象牙色の石造りの家々が見えてきた。地面との境を知らせるように、建物の足元の部分は濃い茶色のレンガを使っている。建物の列の奥の方には頭一つ分は高い教会と学校が見えた。

 バスを降りる準備をしながら、レンガよりも赤い色の髪の青年ヒートは、ここまでは八年前と何も変わらないと感じた。


 八年前の夏。

 ヒートが十歳の誕生日を一月後に控えていた時に、ヒートとその家族はこの街に引っ越してきた。

 ちょうど大輪のヒマワリが咲き誇り、今くらい街中が黄色く彩られていた。このヒマワリが散って、また次のヒマワリが花ひらくまでの一年ほどの期間を彼は家族とここで過ごした。


 引っ越してきた始めの頃の記憶は、初日以外のことはあまり憶えていない。けれど一年という期間は、懐かしむ程度にはちゃんとヒートに思い出を刻んでいるようだった。


 街の入り口の少し前でバスは軋みながら停車した。料金を運転手の横の箱に払い、礼を告げて降りる。乗客はヒートだけだった。


 地に足をつけると、乾いた石の感触が伝わってきた。象牙色の石畳はゴツゴツとして平らではないが、遠くまで目を向けると、さながら積雪か砂漠のように、まっさらな平坦な道のようだ。昔はその見かけに騙されよくつまずいたことが思い出された。


 エアコンの効いていた車内とは違い、暑さが陽射しと共にチリチリと肌を焼く。ヒマワリに近づき見ると、窓から見るよりは全体的にくたびれてしおれていた。あと二週間もすれば種がつき、収穫を迎えるだろう。


「うん、いい感じだな」


 ヒートはこの街を訪れたタイミングに満足して呟いた。もうすぐ祭りが催される。いまはその準備をしている時期だろう。彼が成長してからまたこの街に来たのは、この街で催される特別な祭りが理由だった。

 家族が残っているわけでも、友人に会いに来たわけでもない。会えたら良いとは思うけれど。

 ここを訪れたのは、かつてヒートが幼い頃ここに一年過ごすことになった理由と同じだった。

 調べに来たのだ。街を。

 かつては父が、今度は彼自身が。


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