ありがとう

藤泉都理

ありがとう




 それは白馬に乗ってやってきた。

 多種多様なバレンタインチョコの山ほどの箱。

 いっぱいあるから要らないと思った。


 夢の話である。






 駅に一か月前から設営されているバレンタインフェア。

 私は仕事帰りに寄っては、二日に一回のペースで買い続けた。

 一箱の時もあれば、数箱の時もあった。


 疲労しまくっているのか。

 とても美味しそうだからか。

 バレンタインの時の苦い思い出を払拭しようとしているのか。

 多分、全部だろう。


 目が覚めた私の前には、テーブルに積み重ねられた十何箱のバレンタインチョコがある。

 一気に食べたら鼻血ブーは避けられないだろうなと思いながら、立ち上がろうとした時にチャイムが鳴った。

 今年も懲りずに来たらしい。


 はいはいっと。

 玄関に行きドアチェーンを外して鍵を開ければ、勢いよくぶつかって来たのは、妹と弟の二人だった。

 目当ては勿論、私が買ったバレンタインチョコだ。


「お兄ちゃん!今年も山ほど買っているんでしょう!」

「おにい!今年も一つももらえなかったあ!」

「あー。はいはい。落ち着け。チョコは逃げねえから。ほら。手洗いうがいをちゃんてしろ」


 まったく元気が有り余る妹と弟である。

 言われた通りに、手洗いうがいを済ませた妹と弟は我先にとバレンタインチョコの山の前まで駆け走り、目を輝かせて正座になり、私を見た。

 私は一つ頷くと、食っていいぞと言った。

 途端。

 包装紙をきれいにはがす妹と弟は、主食がチョコなんじゃないかと疑うくらいに勢いよく食べ始めた。


「日持ちするんだから慌てて食うな。鼻血ブーになるぞ」

「「うえい」」


 聞いているのかいないのか。

 とりあえず私も食べようかと二人の真向かいに座った時だった。

 包装されておらず買った覚えのない箱があった。

 首を傾げながら、手に取って、開いてみると。


 お兄ちゃん、いつもありがとう。

 の文字が。


 いや違うからね泣いてないからね鼻がどうしてかツンとして、こいつら山葵入りのチョコでもこさえやがったな。


 心中で悪態をつきながらも、妹と弟にきちんと礼を言おうと顔を上げた時だった。

 まあ、これで買って来たバレンタインチョコを全部食べられてもいいかと思いながら。


 うん?

 ぜんぶ?


 空になった箱から視線を上げて、妹と弟を見ると。


 鼻血ブーになっていた。





 うん、来年からバレンタインチョコを買う数を減らそうな。











(2023.2.13)



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