Last Episode それぞれのバレンタインデー


 昼休みが残り少なくなった教室の中で、クラスの面々めんめんはようやく連絡が取れた美海の到着を待ちかねていた。


「堀、チョコ受け取ったんだろ?そこで何があったか……楽しみだな」


 ニヤニヤと頬を緩ませる片山に、芳乃は肩を竦める。


「美海もそうだけど、遠峰も美海への気持ち隠してきたってんなら……いきなりいちゃラブとかはなさそうだけどな」

「わっかんないよー?もうほっぺが落ちそうなくらい甘々だったりして!」


 それぞれの想像で、わいわい!きゃあきゃあ!と騒然となる教室。


 と、そこで。


 がらり。


 教室の扉が開いた。


「あ!みうみう帰ってき、た……よ?」


 クラス中の視線が集中する中で、美海はくるり、と背中を向けた。

 美海の向こう側には、照れ笑いする遠峰の姿が見えている。


『!!!!!!!』

「うお……」

「しっ!」


 叫びかけた男子に片手をあげてお口チャック!をした片山に皆が顔を見合わせつつも、ハイタッチをし、体を揺らし、互いを指差しては無言で喜びを爆発させる。 

 

 そんな中、美海はその背中に皆の視線を浴び続ける。


 顔を赤らめて手を振る遠峰に、ふりふりふりふり!と小さく手を振って引き戸から何度も顔を引っ込めては出して、時折懸命に手を振る。


 美海の一生懸命なお見送りにほっこりするクラスメイト。


 その動きが徐々に途切れ、くるり、と体の向きを変えた美海は、


「ふあ?!」


 自分に向いている皆の視線に声を上げた。


 そして。


 たたた!


 教室の外で扉の陰から顔半分を出し、顔を赤らめる美海。

 芳乃と菜々子が駆け寄り、その肩を両側から、ガッ!と掴んだ。


「ひあ?!」

「まーまー、堀美海さん。我らが聞きたい事は一つだ。もしかして、You!告白を成功させた感がんだが、そこKwskくわしくはちゅ彼ピ、で・き・ま・し・たぁ?」

「ほあ?!」

「よっしー、うちのお父さんみたいだからその顔やめなって!みうみう、ど、どうなったの?とおみーとイイ感じだったけど、告白しちゃったとか?!」


 菜々子の言葉に『?!……?!』と周りに視線を彷徨わせる芳乃の横で、美海は耳まで赤らめた顔を俯かせた。


 胸の前で両手の指先を合わせる。




 親指をそのままに、ゆっくりと指の形が変わっていく。

 くにゃり、と人差し指から小指迄の爪と爪が合わさって。




 少し型崩れをしたハートが出来上がった。


「……ハート?!ハートぉ?!じゃあ、じゃあ!告白も?!」


 泣きべそをかく菜々子に、こくり、と頷いた美海はそのまま菜々子に抱きついた。


「うああああああああん!みうみう!みうみう!よかったよおおおお!」

「菜々子っ……!!」




 きゃああああああああ!

 うおおおおおおおおっ!




「きゃ?!」

「はわあ?!」


 体を寄せ合った二人は突如教室に湧き上がった大歓声に、ぴょこん!と飛び跳ねる。


「な、なぁに?!」

「よっしーとかたりんにみうみうの事聞いたみんなが、協力してくれたんだよ!」

「………………えっ」

「だから、みんな喜んでるんだよ!みうみう、おめでとっ!よっしーのとこにも行っといで!」

「う、うん!」


 走り出しかけた美海は、菜々子の手を両手で包み込んでから駆け去る。


「はあああああああ。もうめちゃめちゃ嬉しい!よっしーとかたりん、みんな……すごかった!あ、フォロワーの皆さんにも情報のお礼言っておこっと!私、いいとこ無し……とほほ」


 親友の為なら常に全力である菜々子は自分の頑張りをアピールする事もなく、今日もどれだけ美海の支えになったかを知る由もなく、アヒル口を尖らせた。



「芳乃!芳乃ぉ!」

「美海、やったな!本当に頑張った!ぐえ、降参!離せー」


 しがみ付いた美海の腕が首に極まり、タップする芳乃。

 

「ま、雄二や青木と田中とかクラスのみんなが美海の事を心配して色々手伝ってくれたからな。神様も力を貸してくれたんじゃないか?」

「片山君!ありがとう!」


 芳乃にサムズアップで指を差され、美海に笑顔を向けられた片山は。


「俺は大した事してねえし、チョコの礼をしただけだ。が、どうしてもってんなら、ほれ」

「ほあ?!……う、うん。片山君がそれでいいって言うなら、う、受け止めてね!」

「え?!冗談だからな?!遠峰に殺されるわ!」


 笑って両腕を広げた片山に、真剣な表情で手をワキワキとしつつジリジリと迫る美海。

 

 そこに。


 芳乃の投げた紙袋が片山の顔面に飛んでいった。

 寸前で受け止める片山。


「あっぶね!何すんだよ!ん……?何だこれ?」

「……美海は、ほら!みんなにも礼を言って来い!雄二への礼はそれで十分だ!」

「あえ?あ、う、うん!わかった!片山君、本当にありがとう!」

「おう」


 ぺこり!と頭を下げた美海は、青木と田中の所へ向かった。

 ガサガサ、と紙袋を開けた片山はチョコレートの甘い匂いに顔を綻ばせた。


「おっほー!今年は大漁大漁!お前も何だかんだ毎年義理チョコ、あんがとな!」

「……」

「ごちー!……ん?何だ、今年は手紙付きか?いーねいーね!雄二君ありがとってか!」

「……」

「……?」


 チョコを頬張りながら、背中を向けている芳乃に首を傾げつつ手紙を広げた片山。

 

「………………え?え?!お、おい!お前……!これ!」


 その言葉に振り向いた芳乃は、首まで真っ赤に染めている。


「い、いいいいいいい!いらねえんなら返せよ、このぼけかすあほぉ!」

「キレたよ、この人!!あー……なあ、お姫様抱っこしてもいい?彼女ゲットだぜー!って」

「……!やったらぶっ飛ばす……!他のアピールにしろっ!」

「お、おう……」


 がすっ!

 げしっ! 


 照れ隠しに蹴りを入れ始めた芳乃の頭を、片山はそっと撫でた。


「……よろしく、な」

「……!!よろしく、お願い……します」

「やっべ、鼻血出そう。これがツンデレ力53万」


 がすっ!

 げしっ!

 ぼすぅ!


「いや、腹パンはやめて?!」



「田中君!本当にありがとね!」

「ううん、大した事してないよ……あ、あの、手握られると、恥ずかしい……」

「だって!だって!」


 手を美海の両手で包まれて顔を真っ赤にする田中の横で、青木はこっそりと手の汗を拭き、次は自分だ!と胸をときめかせる。


「青木君!本当にありがと!」

「……!」

(き、来たぁ!)


 ガシイ!


 美海が青木に向かって両手を伸ばした瞬間。

 美海の手が、菜々子の手に受け止められた。


「「「え?」」」


 目を点にする美海と青木、田中。

 目から光が消えた菜々子が、美海に顔を向けた。


「みうみう?彼氏のとおみーが、他の男子の手を握るみうみうを見たらヤキモチ焼くよ?」

「あ!そ、そっか!そうだよね……えへへ!青木君!本当にありがとうございました!」

(ええええ!何で俺だけぇ?!)


 離れていった美海の手とやるせなさにしょんぼりとした青木に、菜々子が顔を向けた。

 

「……私のカレー食べてくれるって言ったのにい!浮気者おおおお!」

「俺、彼女いない歴16年なのに浮気者?!ちょっと!藍原さん?!」

「菜々子?!どうしたの?」


 青木のツッコミを背に、教室から駆け出ていった菜々子を追いかけていった美海。


「なあ、たなちん。何が起きたかわかる?」

「けっ。アオハルしてんじゃねえよ。ちっ。青木だからアオハルまっしぐらかよ」

「優しい雰囲気の田中君?!キャラ変しちゃってますよ?!」


 クラスのお祭り騒ぎは次の授業の教師が入ってくるまで続いた。


 ●


 その夜。


 自宅で美海は、喜びの報告を聞いた香月に散々からかわれ。

 喜びと寂しさで複雑な心境で深酒をした遥人は、通販で遠峰との決闘用の手袋を購入しようとして香月に関節技をくらい。

 

 次の週明け。


 手作りのチョコとお菓子を山ほど抱えて学校に向かった美海が、城ケ崎と吉川、そして下駄箱を開けていた男子の分の義理チョコを遠峰と共に手渡し、クラスメイトにお菓子のお礼を渡してはそれぞれに驚かれ、喜ばれ。


 美海の波乱万丈のバレンタインデーは幕を閉じた。


 3月14日。


 一人では持ちきれない程のお返しが返ってくる事を。


 遠峰と袋いっぱいの紙袋を手に持ち、優しい夕陽の光の中を歩く日が待っている事を。


 皆と顔いっぱいの笑顔で毎日を過ごす美海は、まだ知らない。


 


 

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【第31回電撃小説大賞】バレンタインチョコ・ラプソディ マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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