第18話 ……………………神、様。


 芳乃が、菜々子のカレー料理にツッコミを入れた頃。


(か、買えた……)


 直前に芳乃に電話をして駅と警察に美海のチョコが届いてないと聞いた美海は、慌てて向かった近くの店先に並ぶ、残り少なくなったチョコから一番可愛らしいものを選んだ。


 美海は。


 で、チョコが見つかった連絡が届かない事を知らずにいた。





” 買えたあ!ありがとう!学校に戻るね! ”


 芳乃と菜々子と電話が繋がらず、美海は二人にチャットを送った後、紙袋を自転車のかごに入れて歩き出した。


 背中を少し丸めて、うつむきながら自転車を押していく。


(手紙、書きたいな。五年分の、気持ち……また、書きたいな。……私が……私が、ドジだから……)


 親友に迷惑をかけた申し訳さや、チョコを情けなさ、そして。


 芳乃と菜々子が太鼓判を押してくれた、気持ちをいっぱいに詰め込んだ手紙をもチョコと一緒に無くした事に、肩を震わす。


 足に力が入らずに、自転車を押す力が弱まっていく。


 と、そこに。

 美海は、先程通り過ぎた公園に目をとめた。


(公園……。ほんの……ほんの、ちょっとだけ)



 新たなチャットを送り、スマホを入れた紙袋を横に置いてベンチに座った美海。


 目を細めて、眉をハの字にしながら冬の空を見上げる。

 



(……放課後、お友達を待ってて、本を読んでいた遠峰君と……教室で二人っきりになって)


(勝手にドキドキして、後ろ姿をこっそり見てたっけ)




 困り顔のまま、口元を緩ませる。


 


(あの日から……遠峰君の姿を見るたびに、こっそりと目で追いかけるようになって)


(遠峰君の事が好きなんだって気づくのに、時間はかからなかった。マンガに出てくる恋する女の子になれた気がした。これが『好き』っていう気持ちなんだって)



 

 上を向く頬が、ほんのりと赤く染まる。




(中学でまた同じクラスになれた時は、お父さんやお母さん、芳乃や菜々子に飛びついて喜んだ)


(毎日、学校に行くのが楽しくって仕方がなかった。嬉しかったなあ……今でもあの時の気持ち、忘れてない)




 コートの左胸を握りしめる。



 

(” 伝えない言葉と気持ちは、諦めるのと一緒だよ ”)


(あの言葉、衝撃だったなあ……。これは私の事だって。あのエピソードを何度も読んで……そう思った。勇気のない、私への言葉だって。だから、今年は……)




 固く閉じられた唇に、力が籠もる。




(今年は……振られる覚悟で……手紙を書いた、の、に)




 美海の頬が、震えた。




(……………………神、様) 




 俯いて、握りしめたスカートに、涙が零れ落ちた。




(こんな私じゃ……ダメ、ですか?……わた、し……)




 溢れ出る大粒の涙が、コートへと零れ落ちていく。




(諦めなきゃ……ダメ……なんでしょうか……)



 零れ落ちる涙を何度も何度も両手の甲で拭いながら、顔をくしゃくしゃにして嗚咽をもらす美海は気づかない。


 紙袋に入れたスマホが、震え続けている事を。


 美海は知らない。


 教室で、何が起こったかを。


 両手で顔を覆って、美海は泣き続ける。



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