第8話 チョコとお手紙……

 昨日と同じように小走りで駅に向かった美海は、時折ショーウインドウに映る髪型や身だしなみを気にしながら改札にたどり着き、電車に乗り込むことができた。


(よし!早起きして、今日は真っ直ぐ駅に着けた!じゅんちょ順調ーですよっ!)


 つり革をグググ!と握ってはふわりと緩め、を繰り返す、気合い十分の美海。とは言え、あの手この手を考えたところで、性格上真っ直ぐに飛び込む事は変わらない。


(えっと、まずは下駄箱見て……入れられそうならチョコ入れる。無理そうなら、机の中。去年なんて最後の一名様!みたいな感じでギリギリだったし、うう。で、でも!今年は手紙に名前を書いた。どう、なっちゃうのかな……)


 結果、何が起こるのか。


 誰にも告白をした事がない美海。

 唇をきゅう、と噛み締めながら考える。

 


 気持ちが伝わるように、名前を手紙に書いて。好きだ、という気持ちを、目いっぱいに込めた。


 だが。

 美海には、そこから先がわからない。


 嫌いだって言われたら。

 友達関係もなくなってしまうのか。


 手紙を渡して、返事をどれだけ待てばいいのか。

 もしかしたら今日、返事をもらえるのだろうか。

 自分から聞きに行った方がいいのか。


 わからない。

 わからない。


 むむう……と考えこんでしまった美海。


 モヤモヤ感に頭を悩ませ、コレではいけない!気分を切り替えよう!と『じゃあ、もし……付き合えたら?』と楽しい事を考える。 


 万が一、想いが届いたら。

 美海は目を閉じて、思いを巡らせる。


 

(何がしたいかな。例えば、朝『おはよう!』って待ち合わせて、一緒に学校へ行くの。で、帰りは、教室や図書室で勉強や小説を読みながら部活が終わるのを待つ、とか?)

 

(でね、でね?たまには下駄箱あたりでこっそりと隠れてて、『あれ?今日は美海、いないのかな?』とか思わせて、物陰から『わあっ!』って驚かすの)


(『えへへ!驚いた?』っていう私に遠峰君が、『まったくもう美海は……こらっ』って頬っぺた、プニ!とか指で押されながら謝るの。で、遠峰君が手を差し出してきて、『帰ろ』って)


(す、すっごいドキドキしてきた!)


(お休みの日は一緒にお出かけしたい。『私達、恋人同士に見えるかな?』ってドキドキしながら聞くの)


(そしたら。そしたらぁ)


(遠峰君が『当たり前でしょ?』って、繋いでた手を恋人繋ぎにして……きゃあ!小説そのまんまですぅ!あああ!顔も耳も、あっつい!!恥ずかしい!あ、でもでも。それとか……た、例えばぁ……)



 遠峰へのチョコを肘に掛けて頬を押さえ、逆の手でつり革をぎゅうぎゅう!と握りしめながら、真っ赤な顔で『?!』『!!!』と、もじもじしている美海。


 ラッシュのピークではないはと言えそれなりに人が乗っている車内で目立たない訳がない。


 だが。


 バレンタインデー。

 可愛い袋を抱えた学生。

 顔色を青く赤くしている女の子。

 今日が正に勝負の日なのだ、と皆が見ていた。


 そして。


『あのチョコ、俺にくれないかなあ』『頑張って!私も頑張る!』『見てるだけでどきどきしてしまう!』と、それぞれの心の中で微笑ましく応援されているのに加え、『あ!堀(美海)ちゃん!』と、知る人ぞ知る有名人である美海。


 そう。


 美海はこの沿線で、有名人だった。


 具合が悪そうな人を見ると、断られない限り、声を掛けて介抱する。困っている人がいたら、いつも放っておかないような女の子。


 その姿を何度も見て、または人づてに聞いて、美海を知る人間は多い。


 だが、当然の事。美海は『堀美海 見守り隊』という自分の親衛隊ができている事など知らない。

 

  

 周りの乗客の視線に何となく気づいた美海は顔で誤魔化そうとするが、唇がほんのりとアヒル口になっている事に気づいていない。


 美海の可愛らしさに更にもだえ苦しむ周りの人間達。


(……顔や行動に出ちゃったかも?!うう、視線が痛い……静かに、大人しく……)


 違和感に冷や汗を掻きながら、アヒル口のままでそっと目を閉じた美海。車内に停車駅のアナウンスが流れ、電車が減速する。


” 次は、●●が丘~。●●が丘~。ドア付近の…… ”


(あと五駅。よかったあ、早く出て、混んでなくて……早く学校着かないかなあ)


 ドアが開き、乗客が一斉に下りていく。

 時折振り返る乗客達の応援と温かい視線に、少しだけ首をかしげた美海。


 そこで、ハプニングが起こった。



「え?……ああっ!お、降ります!ごめんなさい!」


 美海は、降りる人が途切れるのを待っていたランドセルを背負った女の子が電車に乗り込もうとして勢い余り、入口の端にぶつかるのを見ていたのだ。


 女の子は顔を歪め、大声で泣きながら鼻血を出し始めていた。美海は洗いたてのミニタオルを女の子の鼻にあてがう。


「大丈夫?!これ、洗ったばかりだから、お鼻押さえて?怖かったねえ、びっくりしちゃったねえ。まずは鼻血止めて、駅員さんを呼んで、お医者さんもおうちにも連絡しよっか!」


 キョロキョロと駅員を探しながら、泣き止まない女の子の背中を自分に寄りかからせ、鼻血が止まりやすいように上を向かせた美海。


 そのコートやシャツの袖には、血がついている。が、美海は女の子に集中して気付かない。


「も少ししたら、お鼻にティッシュしよっか!お姉ちゃんも鼻血で、お鼻ティッシュいっぱいしたことあるよ?仲間だね~……なあに?恥ずかしいの?じゃあ、お姉ちゃんもお鼻に詰めたら、お揃いだあ~……ほら、カンタン!」


 首を振る女の子に語り掛けた美海は、ふぬふぬ!と自分の鼻にティッシュを詰め、女の子にもティッシュを差し出した。



 美海にティッシュを分けた人。

 駅員を呼びに行く人。地べたに座り女の子を支える美海の為に、ベンチを開けるように呼び掛けた人。駆け寄る駅員。


 そして。

 


 予鈴20分前に駆け込んだ美海。


 カバンを肩に掛け、制服のインナーにジャージ、マフラーだけの美海に驚き、すぐに呆れ顔を見せた芳乃。


「美海……。手紙だけだからって、そのユルさは無いわー」

「みうみう、もう~……え?!何か血っぽいのついてない?!」

「……あ?!何があった!」


 驚く菜々子と詰め寄る芳乃に、美海は悲しげな顔をした。


「あはは、ドジしちゃった。……チョコとお手紙……無くしちゃった」



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