理想の家族

青いひつじ

第1話

朝6時15分、カーテンに木漏れ日が波打つ。


「なんて気持ちのいい朝なの」

起き上がりうんと腕を伸ばす。

彼女の名前は、白鳥 由美子(しらとり ゆみこ)



2階からパタパタと幸せな足音が聞こえる。

長女の葵(あおい)と、次男の裕太(ゆうた)が降りてきた。


「おはよう、葵、裕太。朝食パンかご飯どっちがいい?」


「僕はパンが食べたいな」


「私はご飯でお願いします」


由美子は嬉しそうに、自分と、葵、そして夫のご飯をよそった。



「それでは行ってきます、お父さんお母さん」



由美子は、2人が見えなくなるまで手を振った。



「あなた、コーヒーもう一杯いかが」


「うん、僕も今日はそろそろ出るよ。ありがとう」


「そう、いってらっしゃい」


由美子の夫は、この春から会社の役員に昇格。

高校3年生の娘は、超名門女子校に通いながら、音楽コンクールピアノ部門にて最年少での入選。高校1年生の息子は、今日から都内難関校の生徒である。


彼らは"理想の家族"なのだ。



「あら、白鳥さんこんにちわ。随分とたくさんのゴミですね」


ゴミ捨て場で会えばいつも声をかけてくる、堀辺さん。


「家族が4人いると大変で」


微笑むと、ではまたと帰っていった。



お昼頃、1通の手紙が届いた。

それは白い封筒で、少し厚みがある由美子宛の手紙だった。


封筒を開け、中を覗いた。


 「いやっ」


由美子は驚きのあまり封筒を投げ、数枚の写真が床に広がった。


そこには、夫と若い女性がホテルに入っていく様子が写っていた。 


頭が追いつかず、少しの間床に広がった写真を立ち尽くし、遠くから眺めていた。

どれくらい時間が経っただろう。



写真を拾った。


このスーツはきっと1週間前、夫が珍しく遅く帰ってきたあの日の夜だ。

写真ごとに着ているスーツが違う。一体いつからの関係なのか。



由美子はソファーに座り、心を落ち着かせる。

昨日と同じコーヒーなのに今日は違う味がする。



本当は、今すぐにでも夫の会社に乗り込んで、説明を求めたいところだが、最近役員に昇格したばかり、息子は難関校に無事合格、娘も着実に人生の階段を上り続けている。


そう、私たちは理想の家族なのだ。

こんなことで、この大切な城を壊すわけにはいかない。

由美子は家族に見つからないよう、写真を燃やした。


それからはまた、変わらない日々を過ごしていった。

時が過ぎるにつれて、手紙のことは頭の中から薄れていった。

あの写真だって、本当は一瞬を切り取ったもので、夫にも何か理由があったのかもしれない。

私達家族の間に、悲しい出来事などあるわけがない。

目の前には、美味しそうに唐揚げを頬張る夫と子供達の姿。

由美子に幸せな日常が戻りつつあった。




8ヶ月後。

夜中に雪が降り、朝の道路は白く衣替えしていた。

由美子はいつものようにゴミ捨て場で堀辺さんに挨拶をし、自宅に戻った。

ポストを開けると、由美子宛の手紙が届いていた。

分厚く白い封筒、見覚えのある手紙だった。



由美子は、汗ばむ手で封筒を開けた。

中にはまた、数枚の写真が入っていた。


1枚目、息子が近所のコンビニに入っていった。

2枚目、3枚目、息子がいくつかの商品を手に取り、

4枚目、彼はそのうちの2つを鞄に入れた。


そこには、万引きの一部始終が写っていた。

しかし、自分でも驚くほど由美子の頭は冷静だった。

証拠なんてなくせばいい。そうすれば前のように、全て何もなかったようにできる。

由美子は手紙を燃やした。



今日の晩ご飯は、息子が大好きなハンバーグにしよう。家族の笑顔を見れば、またいつもの私たちに戻れるはずだ。

由美子は急いでスーパーへ向かった。



スーパーから帰宅すると、玄関の扉前に1通の手紙が落ちていた。白い封筒の手紙だ。

由美子の手はもう震えていなかった。


外靴のまま部屋へ入り封筒を開ける。

写真をテーブルに広げる。


そこには、くたびれたスーツを着た中年男性と娘が夜の街を歩く姿が写っていた。

娘は中年男性と腕を組み、右腕には買った覚えのないブランドの小さなバッグをぶら下げている。


由美子は、ストーブ用の灯油をテーブルに撒き、火をつけた。

赤い炎が広がっていく。




燃えてしまえ。全て燃えてなくなれ。




私たちは、理想の家族。





「白鳥さん家の火事、ニュースでは事故だって」


「ずっと1人でやっぱり辛かったのかしらね」


「ねぇ、ご家族が亡くなってもう10年も経つものね。同じところに行きたかったのかもね」


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