第6話
「ほら、最上階についたよっ、と。なぁんでボーッとしてんの? 俺と一緒の任務、久しぶりなんだしテンションあげてよ。」
十六夜はいつも通りウザ絡みしてくる繊月を横に従えて長い廊下を歩いていた。お得意さまに隊長、副隊長が呼び出されたのだ。
十六夜たちの仕事が公にされていないのをいいことに、人に言えないような任務ばかり押し付けられる。特に十六夜と繊月の二人には。二十代にして隊長格になるのは、この二人が史上初らしい。依頼を持ってくる人たちは、何を言わずとも二人を持ち上げ、ご機嫌取りをする。十六夜たちの部隊がやっていることは、罪人とはいえ人の人生をめちゃくちゃにしてしまうような事だ。抵抗してくる相手には武器だって使う。決して褒められることではない。
「なんで浮き足立ってるの。私はいつだって嫌だよ、任務。こんな事するために頑張って生きてきたわけじゃない。」
十六夜はこの仕事が嫌いだった。人の人生を壊す。人を傷つける。誰も幸せにならないような仕事に、十数年やってきてなお何の意味も見出せない。
両親が亡くなった日、身寄りのない奈純を引き取った人物は、大企業の社長をやっている裏で、何でも屋と称して大規模な組織を作っていた。それは、たとえグレーなことをやっていたとしても政府が口を出せないほど。明るい世界で笑いあっている人たちの影で、あの人に引き取られた子供たちが特殊な訓練を積み、口外できないような仕事をする。そうやって社会が回っているのだと、知ってしまったら二度と表には戻れない。
「なずみ……っと、あー、十六夜隊長がこの仕事嫌いなのは知ってるけどさ、俺は良かったって思ってるよ、あの時あの人の手を取って。俺のクソみてぇな人生ひっくり返せて、なず、十六夜隊長みたいな相棒に出会えた。」
繊月の過去は十六夜も知っている。全てを教えてくれたわけではないが、想像に難くない。繊月にとってこの仕事は、その環境から逃げるためにちょうど良かったんだろう。元々ケンカが強くて運動能力もあったから、そこまで苦労をしているようには見えなかったのも事実だ。
「繊月に出会えたことは私だって良かったって思ってるよ。でも仕事まで良かったとは思えない。じゃ、気持ちを切り替えて行きましょうか」
話に決着がつかないまま、二人は依頼人のいる部屋の前に立った。
今回の依頼人は常連で、危険度の低い任務なのに報酬は高いと人気があるお人だ。基本的に依頼は断らないようにしているが、特にこの人からの依頼は断れない。
「じゃあ、さっそくで悪いけど明日から頼むよ。会社のお金を持って逃げられて、本当に困っててね。警察には相談しづらいし、二人が引き受けてくれるって聞いて安心したよ。頼むね、十六夜くん、繊月くん。」
「もちろんです。我々にお任せください。」
長々とした前置きのあと、やっと始まった依頼内容の確認を終え、二人同時にソファに沈み込む。
「なあ、いいのか?」
普段は一切気にかけないくせに、こういう時だけ十六夜のことを気遣う繊月。
十六夜は気負わせたくない、と出来るだけ普段の繊月のように、
「明日の陽たちの結婚式のこと? 大丈夫だよ。さっさと任務終わらせて、ちょっとだけでも顔を出すから。」
と答えた。表面上では結婚式にしっかり出られないことを残念がっていても、心の底では安心していた。
これで、好きな人が十六夜ではない知らない子と、一生の愛を誓うところを見なくても良いかもしれない、という考えが頭をよぎってしまった。
あの頃はまだ良かった。こんな仕事をしているとはいえ高校生として表の世界でも生きていたから、まだあちら側だった。
なら今は? 完全にあちら側との関わりを断ち、この仕事と仲間たちを取った十六夜は、今さら引き返すことなんて出来ない。
いっそ会わない方が、遠い昔に置いてきた未練なんか思い出さないかもしれない。
あの三人に会いたいという気持ちも、陽の結婚相手に会ってみたいという気持ちも、祝福したいという気持ちも、十六夜の中にある何もかもが揺らいでいた。
なにも聞いてこないまま、じっと探るように十六夜を見つめる繊月。
十六夜はそんな繊月からそっと目を逸らし部屋を後にした。
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