第5話
「奈純、この乙井陽って、幼馴染で……その、片思いしてたって、言ってた人……?」
恐る恐る、でもしっかり確認してくる繊月。逃げ場がない十六夜は気持ちを切り替えて、
「そうだよ。ちょっと話したことあるよね、高校時代のこと。ちなみにまだ片思い中。」
と白状した。
その瞬間、繊月が勢いよく抱きついてきた。
「ごめん! 奈純! そんなつもりじゃなかったんだよぉ。悲しそうな顔するなってぇ。」
十六夜より頭一つ分身長が高く、細身とはいえしっかりと男女の差を感じる繊月の体格で勢いよく抱きつかれたため、十六夜は支えきれず体をぐらつかせた。起き上がる気にもなれず、もう好きにしてくれ、と言わんばかりに繊月にもたれかかった。
あまり悪いと思っていないであろう声色で謝った繊月は、十六夜の頭を雑に撫でながらも質問を重ねる。
「で、結婚式行くの? 卒業してから連絡取ってないんでしょ? よく思いついたよね。施設宛に奈純への手紙を送るなんてさ。さすがに学生寮に見せかけた訓練施設だとはわかってないだろうけど、普通ただの学生寮に接点があるんじゃないかなんて思わないでしょ。」
ペラペラと喋り続けている繊月を横目にそっとハガキを確認し、手早く返事を書いた十六夜は何の断りもなく立ち上がった。
驚いて床に転がった繊月など気にも留めず、ヒールで一定のリズムを刻みながら部屋を後にした。
「どう? 招待状の返事届き始めた? そろそろ確定させたいよね〜。」
一悶着あったものの、しっかりとウエディングプランナーとしての仕事をこなしている明音は、陽はもちろんのことながら、陽のお嫁さんである
旦那として最低な行為だが、陽は奈純のことがまだ好きで諦めきれない、ということを懐葉に話しているらしく、懐葉はそれに理解を示してくれたんだとか。なぜだか新郎新婦との話題が新郎の忘れられない人。しかも一番盛り上がっているのは新婦。
陽の話を聞いていて奈純のファンになったらしい。確かに学生時代、奈純は男子より女子にモテていたなあ、なんて思い出話も交えつつ、順調に準備は進んでいた。
明音の質問に、待っていました、と言わんばかりに懐葉の目が輝く。
「見てくださいよ明音さん! 奈純さんから返事が届いたんです! 学生寮に出すの、正解だったかもしれませんね。今までのお手紙は返事が貰えなかったのに……。連絡がついてちょっと安心しました。ずっと会ってみたかった方ですし、本当に良かったです。」
嫌味でもなんでもなく奈純に会ってみたかった、と言う懐葉になんとなく申し訳なさを感じつつ、明音は差し出されたハガキを受け取った。
『ご結婚おめでとうございます 喜んで参加させていただきます お二人の晴れ姿を見ることを楽しみにしています』
ゆっくり噛みしめながら文字を追った明音は、ほっと息をついた。高校の時に数えきれないほど見た、雑に見えて整っている細くて薄い文字。懐かしさと同時に、あの頃から全く変わっていない文字に、なぜだか言い表わしようのない不安定さを感じた。
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