第4話

 コン、コン、コン。いつも通り真っ暗な部屋に、静かなノック音が響く。


 「失礼します。十六夜いざよい隊長、お疲れ様です。施設の所長から、隊長宛のお手紙が届いていましたのでお持ちしました。どこに置いておきましょう?」


  十六夜が入室の許可を出していないにも関わらず、ほんの少しの隙間から部下が滑り込んできた。返事をする気がないとバレていたのか、返事を待つ気がなかったのか……。どちらにせよ、十六夜にとって部屋に入られたのは不都合だった。


 十六夜は顔を上げることなく、

「そこの来客用のソファにでも置いてて。後で見るから。」

と素っ気なく返す。勝手に入室してきたことを咎めて長引かせるつもりもない。早く出ていけ、と念じるばかりだ。しかし部下は十六夜が一番指摘して欲しくないところに目をつけた。


 「隊長! なんですかその机の上に大量に積んである書類は。また僕らの仕事を肩代わりしようとか考えてるんですか? 前にお話ししましたよね。もっと仕事を部下に押し付けてくださいって! 全員で!」

 デスクの目の前に立ち、子犬のように叫ぶ部下に重い重いため息をつき、十六夜は顔を上げた。


 「しっかり聞いていたし、ちゃんと覚えてるよ。みんなの意見は。ただ、これは私がやりたくてやってる事だから気にしないでって、その時も答えたでしょ?」

「それは、そうですが……。隊長は溜め込みすぎなんですよ! 僕らの任務だって肩代わりしてるのに、さらに書類仕事もなんて……。」

 会話を打ち切ろうとしてもなお、反論してくる部下にうんざりしながら、

「考えておくよ。さあ、忙しい上司を思ってさっさと出ていってくれ。」

と突き放す。


 まだまだ言いたいことがありそうながらも、渋々といった様子で部下は出て行った。


 その部下と入れ違いで、別の意味で面倒な男が部屋を訪れたのを見て、十六夜はまたため息をついた。どの部下も十六夜を放っておいてくれない。


 「何の用よ、繊月せんげつ。任務帰りでしょうに。」

「いや。面白いことを聞いたんでね。施設の所長からの手紙、届いたらしいじゃん。もう見た? あの堅物所長が何を送ってきたのか、気になって気になって仕方なくてさぁ。任務の疲れも忘れてここに来ちゃった。」

 出て行けと強く願いながら言葉をかけたにも関わらず居座るこの男。長年やってきた相棒は、十六夜が隊長だと知っていてなお遠慮がない。


 「まだ見てない。そこにあるから見たいなら持ってきて。」

 へーい、と上司に対する態度とは思えない返事で手紙を取ってきた繊月は、

「はいどーぞ、奈純。」

と悪戯っぽく笑って手紙を差し出してきた。


 「それ、やめてよ。名前で呼ぶの。誰かに聞かれたらどうするの? 何のためのコードネームなのかよく考えて、颯斗はやと。」

 「いいじゃん。早く開けてよ。ほら、はーやーくー!」

 急かしてくる繊月に抵抗するように、十六夜はいつもより丁寧にゆっくりと手紙を開けていく。じれったそうにしながらも、繊月はそれ以上急かしてこなかった。


 ぺり、ぺり、ぺり、ぱらっ。

 妙に緊張感が漂っていた部屋に間の抜けた音が響いた。手紙の中から卓上に舞い落ちた一枚のハガキ。そこに書いてある文字に、十六夜の時間が一瞬止まった。


 「何だこれ。手紙の中から手紙!」

 十六夜の普段と違う様子に気づかず、無邪気にハガキを拾い上げた繊月はご丁寧に書いてある内容を読み上げた。


 「結婚式の招待状〜? 乙井陽? あれ、これって前に奈純が話してくれた……。」

 その瞬間、十六夜の顔をそっと覗いた繊月は自分の失敗を悟った。

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