第2話 心身混乱

「見えるのか、って、何の話だ?」

 はるかが怪訝な顔で凪人なぎとを見た。


「だから、俺の姿が見えるのかよ?」

 外面も忘れ、素に戻る凪人。


「目は見えている。青い宇宙人らしき物体が目の前にいること以外は、正常だ」


「マジかよ……」

 凪人は、である。先祖がこの星にやってきたのは、もうかなり昔の話らしい。


 ピコラ星人は、頭についた二本の触角から出ている特殊な電波のせいで、本来の姿にフィルターがかかっており、はずなのだ。ただ、天文学的数字ではあるが、ごく稀にその電波が効かない人間もいる。


「……まさかとは思うが、本物…なのか?」

 遥が手で口を覆った。

「……本物だよ」

 凪人が諦めたように、言った。


 隠す必要もない。というか、隠せていないのだから本当のことを言うしかないのだ。凪人はざっくりとピコラ星人のことを説明した。


「私以外の人間にはその姿が見えていないのか……成程。どうりで誰も騒がないはずだ」

 遥は納得したのか、まじまじと凪人を観察しながら、頷いている。


「では、NASA公認なのだな?」

「それは違う」

「違うのか!? 地球外生物が存在して、しかも、もう長いこと地球で生活している事実をNASAは知らないとっ?」

「ああっ、もう、黙れよっ」

 凪人は手で遥の口を塞ぐと、耳元に口を寄せ、囁いた。

「このことは、俺たちだけの秘密だ。いいな?」


 凪人は思った。


 面倒なことになる前に、こいつを落とせばいいのだ、と。そうすれば騒ぎになることもなく、やり過ごせるはず。

 遥は凪人の手を取り、引きはがすと、立ち上がって辛辣な言葉を浴びせかける。


「気安く触るな、小童め!」

「こ、こ…こわ…っぱ?」


「まったく、ピコラ星人だか何だか知らんが、しつけがなっておらんな! 弟もおかしいと思っていたが、兄はもっとおかしいのか。どいつもこいつも…、」

 ぶつくさ呟くと、凪人の腕を掴む。

「話は理解した。用がないなら出て行け。私は仕事に戻る」

 廊下に追いやられ、扉をぴしゃりと閉められる。追い出されたのだ。


「……この…この俺様が、女に追い出された…だと?」


 自尊心をズタズタにされ、凪人は生まれて初めての敗北を味わったのだった。




 凪人は弟から聞き出した情報を頭の中で整理する。

 谷口遥。二十五歳。独身。生徒からは人気のある養護教諭で、かなりの面食いらしい。彼氏の有無は不明。ちなみに、弟、タケルのことは青く見えていないようだ。


「え? まさかと思うけど、谷口先生のこと好きなの?」

 弟にそう揶揄やゆされ、真っ向から全否定する。

「そんなわけないだろう!」

 ただ悔しかっただけだとも言えず、それ以上は遥の情報を引き出すことが出来なかった。


 ここ数日、休み時間は必ず女子生徒に声を掛けられる。囲まれ、質問攻めにあう毎日だ。ラブレターももらっているし、直接の告白も数人からされていた。


(そうだ。これが俺だ!)


 そう、心の中では思っているのだが、なんだか空しい。遥とは校内で何度かすれ違ったが、彼女は凪人のことなど全く眼中にないようなのだ。


 渡り廊下で遥が誰かと話をしているのを見つけた。あれは、確か国語科の宮田という女性教師。遥とは年も近いと聞いていた。


「ねぇ、遥はどう思う~? 王子のこと」

 王子、とは凪人を呼ぶ隠語だった。自分の名前が出たことで、凪人は足を止め、柱の陰に隠れ、耳をそばだてる。


「どう…とは?」

「だって遥、イケメン好きでしょ?」

 これはよくある女子の確認作業。吹っ掛けて、反応を見るのだ。

「興味ない。私はなんだ」

 サラッと話を流す遥に、宮田が追い打ちをかける。

「だから聞いてるんじゃない。あんなイケメン、なかなかいないわよ?」

「そうか、彼は本当にイケメンなんだな」

「は?」

「いや、なんでも。とにかく私にはもう、心に決めた人がいるしな」

「あー、そうね。じゃ、私のこと、応援してね~」

そう言い残し、宮田がその場を離れた。


「心に決めた人…いるのか」

 凪人が呟く。


 何とも言えない気分だった。


 遥が踵を返し、こちらに向かってくる。

 凪人は遥の前に立ちはだかり、じっと遥を見つめた。


「なんだ? 何か用か?」

 相変わらずの対応。普通なら、自分が見つめただけで女は頬を赤らめ、俯いてもじもじするものなのに!


「あんたさ、彼氏、いるんだ」

「は?」

 自分でも何を言っているのかよくわからなかったが、つい、口をついて出てしまう。

「そいつ、かっこいいの?」

 凪人の質問に、遥は、ふふっと顔をほころばせた。愛らしい、乙女のそれである。

「…ああ。いい男だ」


(…え? なんだよ、その顔)


 心臓を鷲掴みされるような感覚を覚え、思わず焦る凪人。思わず遥の手を掴む。


「俺よりもか? 俺よりそいつの方がいいっていうのかよっ」

 いきなり絡まれた遥は、真顔に戻ると、

「なんでお前が出てくるんだ?」

 と返す。

「むしゃくしゃするんだよっ」

「はぁ? 意味不明だな」


 掴まれた腕を振りほどこうとするが、そのまま体ごと壁に押し付けられる。


「……多少形態は違うが、これが世に言う壁ドンか」

 状況を冷静に見極め、遥。


 凪人は急に恥ずかしくなり、顔を赤らめた。…青いけど。


「くそっ」

 そう言い放ち、凪人はその場から逃げた。


「……さすが、地球外生命体。理解出来ん」

 遥は掴まれた腕をさすりながら、走り去る青い影を見送った。

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