第13話 玄、あんたって。悩んでるんでしょ、その態度さ

 鈴里玄すずり/くろは家に戻っていた。


「まだ、帰ってきていないか……」


 家の中からは誰の声も聞こえてこなかった。

 多分、母親も仕事から帰宅していないのだろう。


 玄は靴を脱いで家の中に上がる。

 一先ずリビングへ向かうことにした。


 リビングの扉を開け、辺りを見渡す。

 そして、テーブル前まで移動する。

 そこにはちょっとしたお菓子があった。

 玄はそれを手にして、袋から取り出して食べる。


 そのあと、何となくソファがある方へと向かい、そこに腰かけた。




 加奈の事、どうすればいいんだろ……。


 迷っている自分がいた。

 今まで通り、夕と付き合っていくか。

 幼馴染と和解するかである。


 考えても何かが変わるというわけでもないのだ。


 胸元が少々傷んできていた。


 玄は制服のポケットから取り出したスマホ画面を確認するように見る。


 今から加奈に連絡を……。


 でも、そんな勇気なんて出せなかった。




「ただいま」


 玄がそうこう悩んでいると、リビングの扉が開かれる。

 中に入ってきたのは、母親だった。


 母親は買い物袋を手にしており、それをお菓子がある長テーブルの上に置いていたのだ。


「あんた、帰ってたのね。そうだ、夕食はカレーとかでもいい?」

「別にいいけど……」


 玄は当たり障りのない返答して、ソファから立ち上がる。


 親と一緒の空間にいることに気まずさを感じ、リビングから立ち去ろうとしたのだ。




「ねえ、どこに行くの?」


 テーブルの方で買い物袋を漁っている母親から問われる。


「別に……何でもないけど」

「なんでもないってことはないでしょ。もしかして、悩み事? 何かあるんだったら、お母さん、聞くけど?」

「……そういうのは一人で大丈夫だからさ」


 玄は母親に視線を向けることなく、気まずそうに呟く。

 あまり、母親とは会話をしたくなかった。


 嫌いなわけではない。

 ただ、自分の恋愛事情について知られたくなかったのだ。


 玄は先早に、扉へと触れる。


「そういうの怪しいね。何かあるんでしょ?」

「⁉」


 玄はドキッとした。

 心を見透かされているような気がして、少々焦る。

 そして、怖いものを見るような感じに、母親の方へと視線を向けた。




「それで、加奈ちゃんとはどうなの?」

「……」

「もしかして、そういうこと? 加奈ちゃんとのことなんでしょ?」

「それは……母さんには関係ないだろ」

「ないかもしれないけど。一応ね、加奈ちゃんとは今後も一緒に交流を続けることになるのよ。やっぱり、玄が加奈ちゃんとどうなのか知りたくてね」


 そういうのが余計だ。




「ちょっと、こっちに来なさい」


 母親は買い物袋から手を離し、真剣な顔つきで玄のことを見つめている。

 しょうがないと感じた。


 このまま逃げても、余計面倒になると思う。

 それどころか、自室に母親が乗り込んでくるかもしれない。


 そう至り、玄はしぶしぶと母親の元へと歩み寄る。


 それにしても、なんで、こんなことになるんだよ……。


 内心、面倒くささを感じていた。




「ここに座って」

「はい」


 玄は素直に頷いた。

 そして、席に腰かけたのだ。


 その近くの席に、母親も向き合うように座る。


「簡単に言うとね。お母さんね、心配だったの」

「別に気にしなくてもいいのに」

「そうはいかないでしょ。だって、この頃、加奈ちゃんと関わっていなかったみたいじゃない。今日ね、加奈ちゃんとお母さんと出会ってね。そんなことを話していたの」


 母親は淡々と話す。


「昔はあんだけ、仲良かったのにね」

「そうかもな……」


 昔、幼馴染とは普通に、毎日のように遊んでいたことがある。

 でも、それは小学生の時であり、ずっと前のこと。


「それは今どうだって、いいだろ……」

「よくないの」

「なんでだよ」


 玄は母親の瞳を見やる。


「加奈ちゃんね、この頃、元気がないみたいなの」

「そうなのかよ」


 心が一瞬痛む。


 やはり、先ほどの喫茶店での出来事が脳裏をよぎっているからなのだろうか。




「それと、さっきね。加奈ちゃんのお母さんからね、こういうものを渡されたの」


 母親が見せてきたそれは、交換日記のようなものだった。

 幼い感じだが、華やかさのあるデザインが目立つノート。

 多分、加奈が交換日記を始める前に、デザインしたものだろう。


「いつのだよ」

「多分ね、あんたが、小学生の頃だと思うわ」

「よくあったな、それ」


 玄は溜息交じりに返答した。


「一旦、見てみなさい」


 母親から言われる。


 しょうがないといった感じに、玄は交換日記を見開いてみた。


「……」


 玄はまじまじと目を通した。


 小学生らしいというべきか。

 幼くも、少々乱雑な文字の書き方が目立つ。


 ……え?


 ふと、視線が向かう。

 そこには、幼馴染の思いが記されていたからだ。


 幼馴染が、玄のことを好きだったということ。

 今になって、このページを見ることになるとは思ってもみなかった。


「どうだった?」

「いや、普通だった」

「普通って、どういう意味?」

「なんでもない」


 玄は適当に言葉を誤魔化すと、席から立ち上がる。






 そのページに書かれていたのは、玄に対する好きという感情だった。


 交換日記の最後のページに記されているのだ。


 この日記は最後に幼馴染が書き、そのまま交換日記をやらなくなったはずである。


 今日になるまで忘れていたが、確かに交換日記というものをやっていた。


 懐かしさが湧き上がってくる。




 やはり、彼女の気持ちに気づいてあげられていなかったのは、自分だったのだと、思い知らされた瞬間だった。


 玄は今、自室にいる。

 ベッドに横になり、その日記を見開いて、まじまじと見ていた。


 このページを見たことがなかったのは、加奈で日記が終わっているからだ。


 やっぱり、彼女とはもう一度会話した方がいいと思った。


 だから、スマホを手に、加奈に連絡をしようとする。


 しかし、連絡が返ってくることはなかった。


 直接会話した方がいいかもしれない。


 そう思い、玄はベッドから状態を起こし、咄嗟に自室から出た。


 階段を急いで下っていく。




「え? ちょっと、玄? どこに行くの?」


 ちょうど、リビングの扉を開けた母親と遭遇する。


 玄はちょっとした用事があると簡易的に話し、振り返ることなく、玄関を後にしたのだった。

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