第11話 こんなはずじゃなかったんだけど…

 鈴里玄すずり/くろは二人の女の子に囲まれていた。


 良い意味ではない。

 基本的に悪い意味合いである。




 玄は席に座ったまま、目の前に佇む彼女から睨まれている。


「ねえ、これはどういうこと?」

「こ、これには訳があって……」


 玄は必至に返答し、何とか現状を耐えきろうとする。

 が、そのようなことがうまくいくことなんてなく。


「そんな言い訳とかいらないし」


 有村夕ありむら/ゆうは本気で怒っている。


 比較的、強い口調で、言い返されてしまった。


「私、クロに用事があるからってことで。だから、空気を読んで、今日は遊ばないことにしたのに。どうしてよ」

「……」


 ダメだ。


 一度、発言の切り出しに失敗してしまうと、そこから立ち上がることなんて不可能に近い。


 それを今、痛感していた。


 これからどうすればいいのだろうか?


 今の自分には見当もつかなかった。




「え? それ、どういうことなの? 私……知らなかったんだけど」


 喫茶店内からは軽やかなBGMが響き渡っている中、さらなる絶望に襲われる。


 今、対面上に座っている彼女から驚きの表情を向けられていた。


 幼馴染の七野加奈ななの/かなには、まだ、何も伝えていなかったのだ。

 夕と付き合っていることを。


 玄は席に座ったまま、硬直してしまう。




「私、ここに座るね」


 と、夕は、同じテーブルの空いた椅子に腰を下ろしていた。


 この厳しい環境をどうやって乗り越えればいいのだろうか。


 二人からまじまじと向けられる視線。


 女の子と関われてはいるものの、こんなシチュエーションなんて臨んだ覚えはない。


 玄は心の中で大きく深呼吸をした。


「あのさ、本当に、あの子と付き合ってるの?」

「はい……」


 玄は薄情した。


 これ以上隠していても、何も変わらない。

 だから、素直に対応していたのだ。


 そのことも相まって。再び、幼馴染から睨まれる始末。

 この先が不安でしょうがなかった。




「というか、ここでハッキリとしておきたいんだけど。ねえ、どっちがいいの?」

「どっちと言われても……」


 玄は言葉に詰まっていた。


 なんて返答するのが、生存に繋がるのだろうか?


 内心、辛い感情を抱いたまま、ドキドキしていた。

 心が嫌な意味合いで、激しく波ゆっているのだ。


 夕からは睨まれている。


 何とか、早く返答をしないといけない。

 でも、焦れば焦るほどに、思考が廻らなくなるのだ。




「私、告白したよね」


 玄が、夕への返答に口ごもっていると、同じテーブルに座っている幼馴染から、問いかけられる。


 その彼女の視線は険しいものだった。


「うん……」


 玄は圧倒されるがままに、消極的に頷いた。


「もしかして、告白の返答を先延ばしにしているのって。夕と付き合っていたから?」

「そういう、ことでは……」

「隠し事とか。そういうの嫌なんだけど……」

「ごめん」


 玄は言葉を詰まらせ、簡単な返事しかできなかった。


「……」


 加奈からのハッキリとした返答はない。


 そういったことも相まって、玄は俯きがちに、気まずい空気感のなか、過ごす羽目になったのだ。




「私、ちゃんと考えてくれているから……だからね、あんたからの返答が遅くなると思ってたのに……」


 幼馴染の瞳は潤んでいた。


 今までにないほどに、悲しそうな表情である。


 変なところで、幼馴染を泣かせてしまった。


 自分にも悪いところがあるのだと、思い知った感じである。


 今思う。

 幼馴染は、玄のことを必死に考えてくれていたのだと。


 一番、想いを伝えてきている人だったのだと――


 テーブルの先に座っている彼女の表情を見て、改めて感じていた。


 今更ながら気づいても遅いかもしれない。


 何か返答して、幼馴染の言葉を伝えたかった。

 けど、喉を抑えられているかのように、声が出ない。




 ど、どうして、今、こうなってんだよ……。


 玄は自分の存在に苛立ってしまう。


 幼馴染の加奈とはようやく心を通わせられると思っていた。

 あともう少しのことだったと思う。


 それを自分のせいで潰してしまったのだ。




 玄は今まで、幼馴染の高圧的な態度に不満を持っていた。

 けど、それはもしかしたら、本当の気持ちを隠すための態度だったのだろう。


 何も知らなかったのは、自分なのだと痛感する。


「あんたのこと信じていた私の方がバカだったし」


 加奈は見下すような口調になり、席から立ち上がったのだ。




「私、帰るから」


 加奈は吐き捨てるように言う。


「ちょっと待って」


 玄は、手を伸ばそうとした素振りを見せ、引き留めようとする。


 まだ、彼女に想いを伝えられていないのだ。


 このままだと、幼馴染との関係は再び崩れてしまう。


 けど、突然のことに、玄は動揺を隠せず、今抱いている想いを、うまく口にできなかった。


 引き留めようと思っても、思った通りにはいかないものである。


 今はいかないでほしい。


 そう心の中で強く思うのだが。


「というか、くんな。あんたには絶望したし……そういう風な奴だと思っていなかったし……」


 加奈から本格的に拒絶されたのだ。


 終わったかもしれない。

 絶望感に打ちひしがれてしまう。


「ごめん……」

「そういう、表面上のことはいいから」


 幼馴染から伝わる恨みのような感情。

 玄は、それに飲み込まれてしまう。

 それほどに、加奈からの苦しみを痛いほどに感じてしまっていたのだ。




 喫茶店内が一段と静かになった。


 まだ、お客はいるものの、玄の心だけは酷く落ち込んでいた。


 幼馴染がいなくなった喫茶店。

 玄は何もできず、無言のままいた。




「そういうことするからだよ」

「え?」

「だから、もともと、幼馴染のことが好きじゃなかったんでしょ?」

「……うん」


 玄は軽く頷いた。


「だったら、断ればよかったのに」

「そ、そうだよね……」


 最初から自分の心と向き合い、ハッキリとした発言をしておけばよかったと思う。


 先ほど、学校の教室内。

 幼馴染から告白されたのだ。

 だから、もしかしたら、昔のように仲良くなれるかもしれないと思った。


 二兎を追ってしまったことが、すべての原因。


 玄は本格的に絶望の淵に落とされる事となった。


「でも、大丈夫だよ。私と付き合ってしまえば、なんの問題もないから。だから、私と一緒になろ」


 夕はそんなことを、玄の耳元で妖艶に囁くのだった。

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