第5話 俺は、初めてできた彼女と

 鈴里玄すずり/くろは街中にいる。


「クロの歌い方もよかったと思うよ。また、もっと聞いてみたいかも」


 有村夕ありむら/ゆうから褒められていたのだ。


 個人的には、そこまで上手いとは思ったことはなかった。

 けど、歌唱力の高い彼女から評価されたのなら嬉しくないということはない。

 普通に嬉しかった。


 それに、彼女の笑顔が魅力的。

 ずっと見ていたいほどだった。


「ねえ、最後にどこかによって行かない?」

「どこんなところ?」

「ちょっとした場所。この近くにゲームセンターとかあったでしょ?」

「あったね」


 思い返せば、そういう場所が、この近くにある。


「そこに行こうと思うの。時間とか大丈夫? 無理には強要しないけど」

「普通に大丈夫だよ。何か欲しいものでもあるの? もしかして、クレーンゲームの商品?」


 隣にいる彼女に問う。


「クレーンゲームをやろうとしてるわけじゃないけどね」

「そうなの? じゃあ、どんなの?」

「それはね、プリクラよ」

「ああ、プリクラか」


 そういうのには疎いのだ。


 でも、好きな人と一緒に撮れるならと、玄は承諾する。


 二人はゲームセンターへと向かうのだった。






 ゲームセンターに入ると、筐体などから音や、店内からは今流行りの曲がBGMとして流れていた。


 ゲームセンターらしいなと思える雰囲気がある。


 久しぶりに入店したのだが、不思議と懐かしさを感じていた。


 夕暮れ時であり、平日ながら意外と人がいる。


 多分、懐かしいと思うのは。

 昔、幼馴染と、よく訪れた場所だったからだ。


 がしかし、今はそんなことはなく、幼馴染とこういう場所にはもうこないだろう。


 昔には戻れないからこそ、強く懐かしく感じる。

 何も考えず、一緒に遊んでいる時が、幼馴染と一緒にいて楽しかったのかもしれない。


 それは昔のこと。

 そんなことは忘れようと思う。

 過去を懐かしく感じつつも、過去をかき消そうとする。


 玄はゲームセンター内を、夕と一緒に歩いていた。


 玄は迷うことなく、彼女と一緒に、プリクラのある場所へと向かおうとしたのだ。


 しかし、彼女はすぐには、そういった素振りは見せてはいなかったのである。


 すると、とあるクレーンゲームのところが視界に入った。


 隣にいる彼女はクレーンゲームのところを見ていたのだ。


「やっぱり、クレーンゲームしない?」

「やりたくなったの?」

「うん。やってもいい?」


 玄は彼女の誘いに乗るように、流されながら、そこに向かうのだった。




「これ、難しいね」


 クレーンゲームはかなり難しい。


 それはわかっている。


「クロはとれる?」

「俺もこういうの得意じゃないけど」

「そうなの? 意外」

「そうかな? でも、全然、得意じゃないんだけどな」


 玄は苦笑いを浮かべながら返答していた。


 夕から注目されているのだ。

 玄はできることは、全力でやってみようと思うのだった。


 できるかな?


 玄は緊張した面持ちでクレーンゲームと向き合う。


 彼女が隣にいるからこそ、いいところを見せたいと思ってしまうものだ。


 失敗しないように、うまくクレーンを移動させて――


 緊張感の中、玄は操作する。


 あれ?

 もしかして、すぐに取れそう?


 今、夕が欲しいと思っているのは、両手で抱えられるほどの小さなイルカのぬいぐるみである。


 あともう少しで取れそうな気がしたけど、それは単なる錯覚ようだ。


「できそう?」

「多分。もう一回やるから」


 玄は再び挑戦する意思を見せた。




 これって……。


 何とか手に入れられた気がした。


 いや、ちょっとずれたかな。


 こんなところで失態を見せたくない。


 諦めたくないと思いが、内面から湧き上がってくる。


 ……取れた?


 意外と、うまい路線へと商品を導けていると思う。


 クレーンの先端で捕まえている商品のぬいぐるみ。


 後も少しである。


 玄は気分を高ぶらせていた。


 そこまで得意じゃなかったクレーンゲーム。

 今まさに、成功へと導けているのだ。


 絶対に商品を逃したくないと思う。


 あともう少し、あともう少し……。


 商品が入口のところに入った。

 そんな音が軽く響いたのだ。


 ようやく、それが現実だと理解するまで、少々時間がかかってしまった。


 玄は冷静に現実と向き合い、クレーンゲームの出口のところに辿り着いたイルカのぬいぐるみを撮り、彼女に渡してあげたのだ。


「ありがと」


 夕からそう言われた。


 悪い気はしない。


 彼女からの笑みを向けられ、内心、どぎまぎしていた。


「これ、大事にするね♡」


 夕はギュッと、そのぬいぐるみを抱きしめていた。


 そんな彼女の姿を見れて、心底嬉しくなる。


「そうだ、そろそろ、プリクラでも取りに行こ」

「そうだね」


 二人がゲームセンターに来た理由。

 それはプリクラを撮ることである。

 二人は、その場所へと移動するのだった。






 プリクラなんて、あまり利用したことはなかった。


 けども、彼女と一緒に撮れるなら、撮りたいという思いが募っていく。


「ねえ、もっと、近寄ってもいいからね」


 プリクラの撮影場所に入るなり、夕から言われ、玄は緊張した感じに返答した。


 彼女の方から、べったりとくっ付いてくる。


 緊張感が高まってきた。


 その上、彼女の体の温かさを近くに感じるのだ。


 好きな彼女と一緒にいられる時間に、幸せを抱いていた。


「ね、そうだ。記念になることしよ」

「どんなことをするの?」


 玄は聞き返す。


「じゃあ、ピースとか? でも、古臭いかな?」

「そんなことはないと思うけど」

「じゃ、それでもいい? だったら、色々と撮ってみよ。それから、何を印刷するか決めればいいし。それに、編集もできるしね」


 夕がそれをやるなら、自分もやろうと思う。


 色々な思惑が内面から湧き上がってくる。


 彼女と一緒の空間にいられるだけでもいい。

 それだけで、なんでもやってみようと思えるのだった。






「楽しかったね♡」

「そうだね。また、時間がある時に」

「うん」


 夕は笑顔で頷いてくれる。


「今日は、楽しかったなぁ。ぬいぐるみも取ってもらったし」


 夕はぬいぐるみを手にしていた。


 イルカのぬいぐるみは、彼女には似合っていると思う。


 刹那、どこかデジャブのように思えたのだ。


 一瞬、その光景が、昔のことのように感じていた。

 そのデジャブの正体は、幼馴染の姿と重なって見える。


 そういえばと、幼馴染と昔、ゲームセンターを訪れた時も、クレーンゲームをやったことを思い返す。


 懐かしいというか。

 もはや、そんな昔のことはどうだっていい。


 幼馴染との関係性なんて、どうだっていいと決別したのだ。


 自分の心の中でケジメをつけたのである。

 だから、過去の記憶と重なって見えても、全力で脳内からかき消そうとした。


 今は隣に、好きな彼女がいるのだ。


 こんな過ぎ去った記憶ではなく、今を大切にしようと思う。


 そんなことを思い、街中から立ち去り、岐路についていると。

 彼女から右手を握られていた。


 ⁉


 ドキッとし、心臓が止まりそうになる。


「……付き合うことになったんだし、こういうことをしていこうよ」


 と、彼女は優しく問いかけてくる。


 玄も彼女の思いを受けるように、優しく夕の手を触るのだった。

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