第24話  明日に向かって。


俺は、自分の家族と話し合いを進めていた。


娘達が成人し、社会人になる。


そこで、俺は、戸籍上の妻と離婚をする。


これは、娘達がまだ、幼い頃からの約束であった。


話し合いは、淡々と進んだ。


自宅と、僅かな預貯金。


これは、すべて俺が放棄する。


そして、これからの、娘達と、元妻の生活の為に、俺の持っている、アパートの権利も、明け渡すことになった。


話し合いをするまでもなく、このことは、以前から俺が決めていたことなので、不満はない。


ただ、俺の本業の建築業のことが、一番の悩みだった。


廃業し、好きな文章を書いて生計を立てられたら、申し分無いのだが、俺には、ツテも、才能も無い。


だから、自宅の1階にある、作業場はそのまま使わせてもらうことなる。


とにかく、俺は、これで無一文になった。


まぁ、俺の身体が動くうちは、なんとかなるだろう。



俺は、車を、ヒカルのマンションの前に停めて、ヒカルの仕事の帰りを待っ

た。



「あれ?どうしたん?」


「話がある。」


ヒカルの部屋に入って、ヒカルと向き合って座った。



「俺、家を出てきた。」


「え?」


いきなりの俺の言葉に、ヒカルは戸惑った。


「離婚したんだ…」


「え?娘ちゃん達は?」


「あいつらも、もう、大人だし、上は働いているし、下のも就職が決まった。それに、会いたいときは、いつでも会えるから、大丈夫だ」


「いきなりやな…。そんな話、あたしには、全然話さなかったやん」


「もし、こじれて先延ばしとかになったら、前の男の時みたいに、お前、不安になるだろ?だから、キチンとケリがつくまで、黙っていたんだ」


「そうなんや…」


ヒカルは、まだ、俺の話していることを理解していないようだった。


俺は、これまでの経緯や離婚の条件を、ヒカルに話した。


そして、この街での仕事の拠点も引き払い、横浜だけで仕事を行なう事まで…。


「だから、横浜で、俺と一緒に暮らしてくれないか?」


ヒカルは、一瞬、不安そうな顔つきで俺を見たが、すぐに、笑顔を見せて、俺にこう言った。


「それって、ぢぢぃとずっと一緒におるってこと?」


「ああ…。」


「毎日、ぢぢぃが帰ってきて、おかえりって言えるん?」


「ああ、そうだよ」


ヒカルは、やっとすべてを理解したようだった。


「でも、ぢぢぃ、今、無一文なんやろ?」


「うん。いやか?」


「えぇけど、これって、プロポーズ?」


「まぁ、そうなるかな?」


ヒカルは、ちょっと意地悪そうな顔つきになる。


「指輪は?」


「んなもん…。今は、買えねぇよ…。ごめん…。」


「うそや!うそ!!そんなんいらんよ」


「ちぇ。まぁ、これからは、俺に付いて来いよ」


「貧乏であたしんちに転がり込んだんやん。ぢぢぃがあたしに付いて来いよ」



ヒカルの言葉に照れた俺に微笑むと、ヒカルは俺の前で正座した。



「ふつつか者やけど、よろしくお願い致します」


三つ指ついて、ヒカルは俺に頭を下げた。


そして、俺の返事を待たずに、俺の胸に飛び込んだ。


「ずっと、ずっと一緒やからね」


「おぅ!死ぬまでお前を離さない」


「死んでもあたしを離さないで…」


俺の胸は、ヒカルの涙で濡れていた。



泣いてるヒカルを抱き締めていた。



窓からの光も落ちてきた頃、俺の腹の虫が鳴く。


ぐぅ〜。


ヒカルは、俺の胸から顔を上げ、そばに置いてあったティッシュで、涙と鼻水を拭うと、俺の腕をすり抜けて立ち上がる。


「お腹減った?なんか作るから、待っててな…」


そう言って、キッチンへ立つ。


「オムライスな!」


「ぢぢぃはヒモのくせに我が儘やなぁ」


「ヒモぢゃ、ねぇぞ!ちゃんと働くからな!」


「でも、今は、貧乏やんか…プッ…。まぁ、よろし。しばらくは、ひか

るねぇさんが面倒みよるでな…」



俺とヒカルの、明日へ向かう道がひとつになった…。


これから先は、2人で歩こう…。


そして、最後の最後に言わせてやる。


あんたと一緒で良かった…って…。




エピローグ



「ひかる…。俺達はいろんなことがあったな」


「四日市から、横浜へ移る日、カンちゃんとリュウちゃん、大泣きしてな…」


「でも、今でもたまに横浜へ遊びに来てくれるし、有り難いよな…」


「うん…って、ぢぢぃ…初めて2人で、飲みに行った日を覚えてる?ぢぢぃは、胡散臭くて、一緒に店に行く前に、赤い靴履かされて、横浜港から、異人さんに売られるかもって思ったぜ」


「バカヤロー…つか、ぢぢぃ、ぢぢぃって呼ぶんぢゃねぇよ。もう、お前だってババァぢゃねぇかよ」


「長いようで短かったね」


「そうだな。でも、まだ、俺、えっち出来るしな。これからだぜ」


「ぢぢぃ…アホや…。でも、あんたで良かった…」


「バカだなぁ〜。その言葉は、俺が死ぬ時に言う台詞ぢゃんか…」


「そうやった…。でも、あたしは、幸せや。本当に幸せもんや…」









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カフェ&レストラン〜ヒカル ぐり吉たま吉 @samnokaori

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