第23話 グーパンチ〜スカジャン。
ヒカルの過去の物語を、俺は、夢中で書き続けた。
もう大丈夫だった。
過去の男達に嫉妬を感じることなく、自分の想いや、感情も、文章に表れなかったと思う。
完成した作品を、ヒカルに読ませる。
最初は、照れながら読んでいた。
しかし、自分の過去を思い出したのか、それとも小説の世界にはまりこんだのか、真面目な表情で読み続けて行く。
そして、作品も終わりに近づく頃には、目を赤く腫らし、流れ出る涙を拭いながら読んでいた。
すべて読み終えると、静かにスマホを閉じ、テーブルに置いた。
「どうだった?」
「えぇ話や…」
「って、お前の話だぜ」
「ぢぢぃ、ホントに、その場に居たように書いとるな」
「俺って、結構、やるだろ?」
「うん」
ヒカルは、まだ、泣いている。
「お前は、俺にヤキモチ妬かせたからな。お前を泣かすために書いてやった…」
「これ、HPに載せるんやろ?あたし、コメントしようかな?」
「バカだなぁ。自分の話にコメントするんじゃねぇよ」
ヒカルは、まだ、目を腫らしながらも、普段のヒカルに戻ったようだ。
「でも、この小説のひかるちゃんはエエ娘やな」
「まぁな。今のお前とは違ってな…プッ…」
俺はひかるをからかった。
「あたしは、男に合わせすぎて失敗したから…って、ぢぢぃが、今のあたしに変えたんやん」
「お前はお前だよ。昔のお前が、本当のお前じゃなかっただけだよ」
「そうなんかなぁ?」
ヒカルは、少し、遠い目をした。
「でも、文章にしたら、自分がよく判ったろ?本当にお前が、寄り添いたいやつは誰だ?」
「…ぢぢぃ…」
ヒカルは照れて俯いた。
「俺の女でよかったろ?」
「うん…」
「お前、俺の事、大好きだろ?」
「調子コクんじゃねぇよ!!」
ヒカルは、俺の腹に、グーパンチを入れた。
「痛えな…そう言えば、明日から連休だろ?今から横浜に行こう…高速に乗れば夜には着くよ…」
「え?…うん、ええよ!」
俺は、ヒカルを車に乗せて、横浜へ帰った…。
翌朝は、いつもより遅めに起きた、俺とヒカルだった。
「出掛けるぞ。用意しろよ」
シャワーを浴び、化粧をしながら、ヒカルは、俺に訊ねた。
「どこ行くん?」
「とりあえず、中華街へ、朝飯食いに行こう」
「うん。おかゆが食べたい」
朝飯と言っても、すでにお昼近く、おかゆは、朝昼兼用のブランチとなった。
「お腹、いっぱいやね。これからどうするん?」
「本牧、行こう」
「なんで?」
「まぁ、いいから、車に乗れよ…」
本牧ozは、小さな服屋。
輸入品のジーンズやシャツが店内に、所狭しと置いてある。
「お前、スカジャン、欲しがってたよな?お前に似合いそうなやつ、見つけたんだ」
店に着くと、ヒカルは、目を輝かせた。
ウンチク好きな店主の説明を聞きながら、ヒカルはじっくりと、スカジャンを選ぶ。
先日、俺が、店先を通った時に、ヒカルに似合いそうだと見つけた、紫のスカジャンと、店内で俺が惚れ込んだ、薄いゴールドのスカジャン。
ヒカルも、このふたつで迷っている。
「どっちがえぇやろ?」
「う~ん…ひかるは女だから、やっぱ、こっちのゴールドの方かな?でも、迷うなら両方買えよ」
「ふたつもじゃもったいないよ…」
俺の意見も参考に、袖がピンクに見える、薄いゴールドのスカジャンに決めた。
車に戻り、ヒカルは満面の笑みで、俺に言う。
「ありがとう!!ぢぢぃからの初めてのプレゼントやな」
「バ~カ…いつも、俺は愛を贈っているだろぉ?」
「だろぉ~」
ヒカルは、俺の話した語尾を繰り返し笑った。
「まぁ、お前が喜ぶ顔、見たかったし、気に入ったのがあって良かったよ…つ~か、それ、今着ろ。千葉まで行くぞ」
「千葉?わざわざ、千葉まで行くん?」
「おぅ!シーだ!」
「ディズニーシー?」
「この前は、ランド行ったからな」
「やった!!シーや!!」
横浜から浦安までの道のりを、ヒカルは、ずっと、エレクトリカルパレードのメロディを口ずさんでいた…。
2人、手を繋ぎ、ディズニーシーの中をゆっくりと歩いた。
アトラクションも2人、子供にかえって楽しんだ。
しかし、喫煙所を見つける度に、立ち止まり、一服する。
「喫煙所探しながら歩いているやん。タバコ、吸いにシーまで来たのか?」
ヒカルは、そう言いながらも、一緒に俺とタバコに付き合う。
日が落ち、イルミネーションが輝きを増した。
少し、肌寒くなったヒカルを、俺は、背中から抱き締めて、一緒にミッキーやドナルドを眺める。
ライトアップされた、おとぎの世界は幻想的で、あちこちで恋人達は、キスをしている。
俺は、ヒカルを抱き締め、口づけしようとした。
ヒカルは、俺の腕の中で呟いた。
「足、痛い…歩き過ぎや。もう帰る」
ちっ…。
まぁ、ぢぢぃの俺が、ディズニーでキスしても絵にならないし、横浜へ帰ることにした。
首都高速、湾岸線…ベイブリッジから、みなとみらいの観覧車が見える。
俺達のベッドはもうすぐだ。
ヒカルは、海を見ながら俺に訊いた。
「今日はどうしたん?」
「楽しくなかった?」
「めっちゃ楽しかった」
「ならいいぢゃん」
俺は、一緒に暮らさない前の恋人同士のうちに、恋人同士みたいなデートを、ヒカルとしたかった。
ヒカルに、楽しい思い出を与えてやりたかった。
だって、もう少ししたら、ヒカルと俺は、共に暮らすだろうから…。
俺は独り、そんなことを思い、運転しなから、ヒカルの頭を撫でた…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます