第22話  見えない嫉妬、八つ当たり。


朝、一番で俺の仕事場の建築現場に向かい、職人達に、指示を与え、大急ぎで、近くの駐車場に軽トラを停め、ヒカルの過去を、スマホを使って、一生懸命に書き綴る。


俺の訊ねるままに、2人きりのヒカルの部屋で、涙を流しながら俺に話した過去の話…。


その時、見つけたGUCCIの小瓶…。


「こんな空瓶、もう、捨ててしまえよ…」


俺は、その時、そう呟いた…。



俺は、ヒカルの話を思い出す。



過去の男。


2人の間で、揺れ動いた心…。



俺は、自分の感情をなるべく出さないように、必死で綴った。



2人の男に尽くして、それが幸せだった頃のヒカル…。



俺は、書き綴るうちに、自分では気づかないうちに、段々と苛立ってきていた。


自分の感情を押し殺しているはずなのに、怒りが沸々とわいてきた。



ヒカルの過去の話なのに、過去の男達を妬いている。


2人の男達の間で、微笑むヒカルの顔が、脳裏に浮かんでくる。



ヒカルに過去を認識させる為に書いている文章が、過去の出来事だと判っていながらも、俺の心を締め付ける…。



それでも、俺は書き続けたが、夜になると、夜中の仕事のことが有り、気持ちを抑えるために、俺はスマホを閉じた。


ヒカルは、俺が、懸命にヒカルの話を書いているものと思い、俺にラインすら遠慮しているのか、打って来ない。


夜中になり、ヒカルへラインを打つ。


“仕事、行ってくるね”


いつもは、すぐに来る返事がその日に限って来なかった。


俺は、現場に急ぎながらも、ヒカルにラインを、また打つ。


“どうした?返事は?”


現場についても返事が来ない。


苛立って、またラインを打つ。


“シカトかよ?”


ヒカルの話を書いている最中だけに、俺は、ヒカルを疑った。


誰かと、今、一緒なのか?



俺の知らない男に抱かれてはいないか?


不安を胸に、待ってはくれない仕事に取りかかる。



ヒカルのことを不安に思うと、仕事もなかなか、はかどらない。


しかし、手を休めることなく動いていると、胸のポケットの中で、俺のスマホが短く震えた。


慌ててスマホを開く。


“シカトなんかせぇへんよ…。おやすみ”


短いヒカルからのラインだった。


すぐさま、俺は返事を打つ。


“なんで、返事をすぐしねぇんだよ!!”


それから、朝まで、既読も無く、ヒカルからの返事は来なかった。



それが、俺の気持ちをさらに逆撫でした。


朝になり、何事も無かったように、ヒカルからのラインが来る。



“おはよ~”


俺は、すねて無視をした。



“怒ってるの?”



俺は昼迄、返事をしなかった。


昼過ぎに、また、ヒカルからラインが来る。


“まだ、怒ってるの?”


“怒ってるよ”


俺は、ヒカルに返事をした…。


“なんで怒っとるん?”


ヒカルからすぐに返事が来る。


“はぁ~?なんでか判んねぇのかよ!?”


“返事しなかったから?ごめんなさい”


ヒカルは、素直に謝った。


しかし、俺の苛立ちは治まらず、尚も、ヒカルを責める。


“俺は、シカトされたり、俺が訊いたことを誤魔化されたりするのは嫌なんだ”


“シカトなんかしてないし、嘘なんかついて無いやん”



本当は、俺は判っていた。


俺の夜中の仕事中や、俺が寝ている時間には、ヒカルは、気を使い、俺にラインを送らないことを…。


しかし、ヒカルは、俺の女で、俺はヒカルの男…。


いままでは、黙っていたが、そんな他人行儀な気遣いは、俺は嫌だった。


それと、ヒカルの過去を綴る間に、過去のヒカルの男達や、存在しない、見えない男に対する嫉妬が、妄想となり、俺に取り憑き、苛立ちは、怒りへと膨らんでいたのだ。


疑心暗鬼…。


この、得体の知れない魔物に踊らされ、不満や不安を、俺は、ヒカルにぶつけていた。



俺は、ヒカルへ電話した。


『俺だ…。』


『まだ怒っとるん?』


『いや、怒ってない』


『うそや…怒っとるやん』


『いや、怒ってないったら、怒ってない。俺のやつあたりだ。許せよ』


『でも、不機嫌やん』


ヒカルは、俺の気持ちを荒立てないよう、様子を伺っている。


『俺が寝てようが、仕事してようが、いつでも俺にメールでも、ラインでも入れるように言ってるだろ?』


俺は、切り口上でヒカルに話す。


『うん』


『じゃ、なんで返事しねぇんだよ』


『だって…』


『仕事だからか?いつも、んなこと関係ねぇって、言ってんだろ?』


ヒカルは黙って聞いている。


『それと…』


俺は、興奮している気持ちを抑え、いつもの口調に戻す努力をする。


『それと…。今、お前の話を書きながら、前の男の事を考えてるだろ。そうすっと、なんだか、ムカついてくるんだよ…』


『アホやなぁ…あたしは、他の男のとこなんか、行かへんよ』


『んなこと判るかよ!?書いてるうちに、不安になるじゃんかよ!!』


俺は、また、少しだけ声を荒げた。


『ぢぢぃ、アホや…。前の男達やあたしのことは、何でも話しているやんか…。この前かって、ケンちゃんから、メール来たって教えたし。他の男に行くくらいなら、話す訳、無いやん』


優しく、諭すように俺へ話すヒカルの声は暖かかった。


しかし、ヒカルに八つ当たりをしていた手前、まだ、素直になれない俺がいる。


男のくせに、情けないとは思ったが、こう言わずには、いられなかった。


『ほんとに俺だけなんだな?』


『あたぼうよ!!黙って俺についてこい!!』


ヒカルは、少しおどけて、俺の口調を真似して、さらに、俺に連絡しなかった訳を話した。


『…そう言う訳で、ラインしなかったんや。今までも、こんなこと、何度もあったやろ?だから、あたしも最初、なんで怒っとるのか、よう判らんかったん…』


『いや~俺の八つ当たりってことだから…ゴメン…』


また、ヒカルに諭された。


俺の方が、ずっと年上なのに…。


しかし俺は、少しでも威厳を取り返そうとして、威張って、ヒカルに、念をおした。


『でも、朝、起きた時と、仕事の行き帰りと、寝る前だけは、必ずラインを寄越せよ』


ヒカルは、笑いながらも、俺に答えた。


『へいへい…判っとるって…』


ちっ!


餓鬼扱いしやがって…。


でも、愛してるよ…。


と、心の中で呟きながら、俺はヒカルに返事した。


『ぢゃ、またな…』


俺の不安は、すべて、消え去った…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る