第13話  くしゃみ。


カウンターの中で、洗い物をしていた、リュウちゃんが、可愛いくゃみをした。

 

「くちゅん…」


俺は、微笑ましく思い、リュウちゃんを眺めた。


すると、自然に、カウンターの側に立っていた、ヒカルとカンちゃんも、一緒に視界に入る。


そして、ヒカルもカンちゃんも、俺と同じく、笑顔でリュウちゃんを見ていると思った。


しかし、普段は見せないような白い目でもって、リュウちゃんを睨んでいる…。



エッ?


なぜ?



しばらく後、今度は客のひとりも、小さなくしゃみをする。


俺は、また、ヒカルとカンちゃんを見た。


やはり、くしゃみの客を睨んでいる。


ヒカルとカンちゃんだけでなく、店長も、先程、ヒカル達に睨まれていたはずの、リュウちゃんまでも、険しい表情で、客をガン見している。


どうして?


なぜ、この店の従業員達は、くしゃみに対して厳しいの?


俺は判らなかった。


店内は少し忙しくなり、ヒカルに訊ねることも出来ず、ひとり、考えていた。


俺は、時間の経つのも忘れ、懸命に考えた。



いくら、考えても理由が判らず、ふと、我にかえると、俺の視界には、あの、犬のおっさんが座っているのが写った。


やべぇ…今日は、日曜日なのに、何で犬が来てる?


やつは、日曜は来なかったはず…。

日曜日は客が少な目だから、入店させてしまったんだな…。


犬は、相変わらず、茶色のスラックスに革靴。


そして、ねずみ色に染まったタンクトップ…。


いや、タンクトップと言うか、ランニングシャツ…。


ホールスタッフを呼ぶ時に、片手を挙げると、ボウボウのワキ毛がエアコンの送風になびいて、うすらキモい。



見た目だけでも耐えられないが、俺がやつの来店する時は、やつを避けて、店に来ないようにしているのは、やはり、やつの臭い…悪臭のためだった。



げっ!


犬だよ…。


答えが、見つからないうちに帰るのは、かなり遺憾に思ったが、犬の体臭を嗅ぐくらいなら…と、席を立とうとする。


その時だった。



「ばぅ!ばぅばぅ!!」


出た〜!


やつの、犬たるゆえんの咳が出た。


「ばぅ!」


唾と鼻水まで、椅子からテーブルまで撒き散らす。


きったねぇな…。


「ばぁ〜…ばっばっばぅん!」


あれ?


なんだ、いまの咳は…。



俺は、その時、ハッっと気づいた。


咳じゃない…。


やつの、ばぅは、くしゃみだ!!



俺の頭の中で、バラバラになっていたものが、超高速に回転して、ひとつの方程式となり、つながった。



くしゃみ=嫌悪


嫌悪=(犬+ばぅ+唾+鼻水)=汚い


汚い=(掃除+大変+迷惑)=罪


罪=許せない


許せない=くしゃみ



度々、来店しては、ばぅで、従業員達を、恐怖のどん底に落とし続けた犬。


策略か、はたまた、天性の嫌われ者か…。


その、恐るべきくしゃみは、犬のくしゃみのみならず、すべてのくしゃみをも、嫌悪の対象と、マインドコントロールをされていたのだ!!



そして、犬が帰り、僅か後、若い母親と一緒に来て、オレンジジュースを飲んでる幼子が、くしゃみをした。


従業員のみならず、店内の、俺を含む常連客まで、一斉にくしゃみの子供を睨み付けた…。



恐るべし、犬のくしゃみ…。

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