【四巡目】 イルニアside
イルニアが目的地に着く。だが、目当ての部屋は明かりがついているものの、人の気配がなかった。
どういうこと……!?
そして逆にイルニアを待ち構えていた魔女狩りの精鋭部隊の襲撃を食らう。
謀られた!何故襲撃がわかったのだろうか。
反撃はするが、不利な状況が続く。怪我を負いながらも、命からがら逃げる。
イルニアは大聖堂の外に出た。
物陰に隠れていったん体を休める。
思案中、
「こんなところでどうしたの?うわっ!すごい怪我!早くお医者様に診てもらわないと!」
子供の声にぎょっとして顔をあげると、今度はその懐かしい顔に息を呑んだ。
どうして?……どうして、あの子がここに?
教会の真っ白な服を着たあの子が満月に照らされて光って見えた。
その子は漂う強い血の臭いに嫌な顔ひとつせず、心配そうにすっとこちらに手を伸ばした。私は反射的にその手を避けるように、体を縮こまらせる。
その手を血で汚すわけにはいかない。
怯えていると思ったのか、その子は大丈夫だよ、と私に柔らかく笑いかけた。
内心、気が気じゃなかった。あの子と再会した嬉しさと悲しさと混乱で半分パニックになっていた。
それを表情に出さないよう気を付けるのに精一杯だった。
その子は観察するように私を見る。
その真っ直ぐで無垢な瞳を、今は何故か怖く感じた。私はそっと目をそらす。
その子はそれを気にかける様子はなく、こてんと首をかしげて言った。
「お姉さん、誰?教会の人じゃないよね。怪我してるし……もしかして魔女の被害に遭った人?じゃあ医務室まで連れていってあげる!」
慌てる私。
「一人で行けるから大丈夫よ。それよりも、こんな時間に何であなたみたいな幼い子供がここに?」
「あ、えっと、ね……。」
困ったように眉尻を下げる。うまい言葉が思いつかない時の癖だ。
懐かしい表情に、顔の筋肉が緩んだ。
「無理に答えなくていいのよ。秘密は誰にだってあるもの。」
何かもうちょっと話す。
「ねえ……あなたは今、幸せ?」
唐突にそう訊くと、その子はきょとんとして、少しだけ間を置いてから答えた。
「うん。しあわせだよ、僕。」
嘘、と口から飛び出るところだった。その子の笑顔はひどく作り物めいていたからだ。
本当に……?
口を開こうとした瞬間、「それにね、」とこの人は話を続けた。
「ここには僕以外にも子供がたくさんいて、友達もいっぱいなの。」
そう言った途端、この子の目が寂しそうに揺れた。
こんな格好でなかったら、この子を抱きしめて頭を撫でてあげたかった。そうすれば、あなたは心から笑ってくれたかしら。
「そう、それなら良かったわ。」
心にも思っていないことを言わなくてはいけないのは辛かった。ごめんなさい。本当はあなたの気持ちに気づいているの。
きちんと微笑んでいられているか自信がない。
「うん。だから、僕はここで教会のお手伝いをして恩返しをするんだ。」
自分に言い聞かせているみたいな声だった。
「……人から与えられた使命なんて、無理に果たさなくていいのよ。」
エメラルドグリーンの目が大きく見開いた。どうしてそれを、と言いたげだ。
相変わらず目まぐるしく変化する表情に、愛おしさがこみ上げる。
「本当に辛くなったら、逃げたっていいの。無理をして体を壊す方が駄目よ。そして、自分のやりたいことをして、行きたい場所に行きなさい。例え今は無理だとしても、いづれ……。」
ふと遠くで話し声が聞こえ、言葉が途切れた。
ここが見つかるのも時間の問題だろう。私は立ち上がった。
「そろそろ医務室に行くわね。……そういえば、あなたの名前は?」
「僕?僕は( )。」
( )それが、今のこの子の名前。
「ありがとう、( )。あなたは見ず知らずの私を助けてくれる、とっても優しくて純粋な子ね。そんなあなたがずっと幸せでいられることを願っているわ。」
踵を返したとき、
「あ、待って!」
振り向くと、あの子は私に花を差し出した。
「これあげる!」
いつかのあの子の顔と重なった。
溢れそうになる涙をぐっとこらえ、震える手でそれを受け取った。この逆行で初めて貰ったこの子からのプレゼントに、自然と笑みが零れる。
「ありがとう。大事にするわね。」
咄嗟に( )の頭に伸びかけた手を引っ込めた。その代わりに花をぎゅっと握りしめた。( )の優しさがつまった、大事な花。
「本当にありがとう。……さようなら。」
これ以上この場にはいられない。
今度こそ私は( )と別れた。花をベルトに挟み、静かに歩き出す。
……よかった。( )に会えて。
目を閉じ、空間把握の魔法を使う。
……そこか。
大聖堂の地下深く。そこに、標的がいる。
私は再び建物内に入った。あそこへの入り口は、内陣にある巨大な原始精霊の立像にある。
なるべく気づかれないようにそこへ向かう。
「いたぞ!魔女だ!!」
私は全力で走った。
絶対に捕まるわけにはいかない。
あの子をここから解放しないと。
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