【四巡目】 (ルスside)
拾われたルスはとある子爵家の養子になる。
使用人はほんの数人しか居らず貧しいが、厳しくも温かい家庭であった。
しかしサディトリアル公爵家がその家に圧力をかけ、公爵家の要求を断ることのできない子爵家からルスを無理やり連れ去った。
ルスはサディトリアル家に入れられるが、すぐに首都セリシアンにある本部の教会に所属させられる。(何故?)
<魔女殺しの英雄>であることもその『使命』も教えられるが、ルスには重責であった。
ある夜、教会は魔女の襲撃にあった。夜は誰も部屋から出ないように言われるが、ルスは外に出た。
理由未定。逃げ出せるかもしれないと思ったから?翌日自分がいなくなっても、魔女の襲撃に巻き込まれたと思われるだろうと考えた?
庭に出ると、物陰に女の人がいた。
「こんなところでどうしたの?うわっ!すごい怪我!早くお医者様に診てもらわないと!」
手を伸ばすと女の人はビクッと体を揺らした。
きっと怖い思いをしたんだ。可哀想。
僕は「大丈夫だよ」と笑ってみせた。
なんで一般の人がここにいるのかわからないけど、もしかしたら魔女の被害に遭ったのかも。
女の人は一人で大丈夫だと言い、それからちょっと話した。
「ねぇ……あなたは今、幸せ?」
突然予想外のことを訊かれて、僕はすぐには答えられなかった。
幸せか……。僕はこう答えなきゃいけないんだろうな。
「うん。しあわせだよ、僕。」
笑顔を作る。
嘘をついてごめんなさい。本当は幸せなんかじゃないの。
女の人はまだ納得しないようで、疑うような、心配するような表情だった。
「ここには僕以外にも子供がたくさんいて、友達もいっぱいなの。」
精一杯、虚勢を張る。
確かにここには僕と同じように連れ去られた子がいるけど、僕は<魔女殺しの英雄>だから、妬まれたり嫌われてばかりだ。友達なんて一人もいないけど、この人を心配させないためにはそう言うしかなかった。
それなのに、女の人は悲しそうな顔をした。
なんだかこの人が悲しい顔をするのは嫌だな。どうすれば喜んでくれるんだろう?
「そう、それなら良かったわ。」
言っていることとは裏腹に、その微笑みは嘘っぽかった。
……この人は、僕と同じなんだ。
「うん。だから、僕はここで教会のお手伝いをして恩返しをするんだ。」
「……人から与えられた使命なんて、無理に果たさなくていいのよ。」
エメラルドグリーンの目が大きく見開いた。
僕の『使命』を仄めかすように聞こえる言葉。
どうして、それを……と言いそうになる。
「本当に辛くなったら、逃げたっていいの。無理をして体を壊す方が駄目よ。そして、自分のやりたいことをして、行きたい場所に行きなさい。例え今は無理だとしても、いづれ……。」
ふと遠くで話し声が聞こえ、言葉が途切れた。
「そろそろ医務室に行くわね。……そういえば、あなたの名前は?」
「僕?僕は(名前未定)。」
「ありがとう、(ルスの名前)。あなたは見ず知らずの私を助けてくれる、とっても優しくて純粋な子ね。そんなあなたがずっと幸せでいられることを願っているわ。……さようなら。」
とても寂しそうな顔だった。笑顔なのに、悲しい顔。なんだかこのまま消えてしまいそうで、僕は咄嗟に声をかけた。
「あ、待って!」
僕は女の人に駆け寄った。
「これあげる!」
笑って一輪の花を差し出す。近くにあった花を今さっき摘んだだけだけど、この人が元気になってほしいって気持ちは本物だから。
「ありがとう。大事にするわね。」
僕はその人の笑顔に釘付けになった。心から幸せそうで、とっても優しくて、なんだか「かあさん」みたいだ。
あれ?「かあさん」って誰だっけ?
おかしいな、僕にお母さんはいないのに。だけど何となく、お母さんがいたらあんな風に笑ってくれたのかなって思った。
でも、同時に目の端に光る涙を僕は見逃さなかった。
何で泣いてるの?
そう口を開きかけたとき、女の人は行ってしまった。
「本当にありがとう。さようなら。」
そんな言葉を残して。
結局、大聖堂の周辺に魔女狩りの部隊が大勢いて逃げ出せないと判断したルスは、自分の部屋に戻っていった。
翌日、僕たちは大聖堂近くの広場に連れていかれた。
なんでも、昨日大聖堂を襲った魔女を処刑するらしい。
処刑なんか見て、何になるんだろう?嫌々そんなものを見せられるこっちの身にもなってほしいもんだ。
憂鬱な気持ちでいると、ふと昨日の女の人のことを思い出した。
あの人はあのあと大丈夫だったかな?
そんなことを思っていると、だんだん周りが騒がしくなっていった。
怒号が飛び交い、石のぶつかる音も聞こえる。
広場では近くの住民たちが集まっていた。顔馴染みの人もちらほらいる。
彼らはこぞって顔を赤くして目を血走らせ、中心に向かって「魔女は死ね」だの「生まれてくるべきじゃなかった」だの罵倒を浴びせていた。
あぁ、嫌だな。
思わず顔をしかめる。
こんな姿見たくなかったし、いつも穏やかな人たちだから、その豹変ぶりに怖くなった。
魔女はそのくらい嫌われているし、『悪』なんだ。
人混みの中央にいる魔女を見て……表情が抜け落ちた。
……どうして、あの女の人が縛り付けられてるの?
理解が追いつかず、頭が真っ白になった。
違う。そんなわけない。だってあの人が魔女だったら、僕は昨日殺されていたはずだもの。あれは、あの人に似ているだけの別人だ。そう。きっとそうだ。そうに違いない。
だけど、いくら否定しようともどこかで納得する自分がいた。昨夜あの人が大聖堂にいたのも、怪我をして血まみれだったのも、僕の『使命』を知っていそうな雰囲気だったのも……あの人が
それに、見つけてしまった。ベルトに挟まれた花を。くしゃくしゃになって萎れているけど、あれは、昨日僕があげた花だ。
もう否定のしようがない。昨日出会ったあの人は……魔女だったんだ。
なんだか裏切られたような気がした。
魔女は、昨日とはうってかわって無表情だった。何度も石をぶつけられて罵倒されても、全てを諦めたように動かない。目の光は失われていた。
ふと何故か、花をあげた時の笑顔を思い出した。
ほんとうに、あなたは『魔女』だったの?
しばらくして、投げつけられていた石が止んだ。
乱暴に頭を掴まれて断頭台に乗せられる女の人。
処刑が近づくにつれて大きくなる怒号。
キラリと刃が光って落とされる瞬間。
彼女の口が、
ごめんね。
と動いた気がした。
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