【一巡目】神の領域にて
神の領域。
そこでは、死を司る神カリストが死んだものの魂を浄化し、生を司る神ガニメデが浄化された魂を世界に送り出す作業をしていた。
初めに異変に気づいたのは、兄カリストだった。
その冷たく美しい黒髪を揺らし、顔をあげる。
「誰か来る。」
ゆったりと座って作業をしていたガニメデはその手を止め、目を丸くして興味ありげににっと口角をあげる。
「本当だ。客なんて珍しいねぇ。いつぶりだっけ?」
随分と愉しそうな弟にカリストは呆れながら空間のある一点を見つめる。
ここから、誰かが現れる。原始精霊の訪問か、それとも上級の精霊が迷い混んできたのか。
現れたのは、彼らが思いもしなかったもの……人間だった。
カリストは瞠目する。
あり得ない。この神の領域は、ただの人間が辿り着ける空間ではない。何故ならここは、リステトラという世界から切り離された一種の異空間のようなものなのだから。
流石に予想外で、理解が追いつかない。
笑い声が静けさを破った。
「あっはっは!よくもまぁ人間がここに来られたねぇ。ここに来た個体は君が初めてだ。称賛に値するよ。」
ゆっくり手を叩きながら、ガニメデは好奇心に満ちた目で爛々と人間を観察した。
「まさか、そんなに強力な精霊の力を持った個体がいるとはねぇ。僕たちは弱い力の譲渡しか認めてなかったけど……そうか……」
人間の内を流れるその力は、精霊のそれにしては歪んでいる。
おそらく譲渡された精霊の力を独自に発展させていったのだろう。
まさかそんなことができるとは。まったく、人間のやることには目を見張るものがある。
ガニメデは足を組んで頬杖をついた。にんまりとした笑みを浮かべているが、その目は冷淡だった。
「それで?お前はこの創造神たる僕に何を望む?」
その稀有な人間はガニメデの様子に憶さず、
カリストはふん、と鼻を鳴らした。
愚かなことだ。死して尚、生にしがみつくとは。
人間は懇願する。代償は勿論払う。だからどうか、もう一度生をやり直させてくれ、と。
さらに続ける。やらなければいけないことがあるのだ。幸せにしなくてはいけない人がいるのだ、と。
下らない。
僕はそう一蹴して聞き流していたが、どうやらカリストは違うようだった。
「……ふうん。」
奴の目が、面白そうだと言っている。
カリストは珍しいことや面白そうなことに目がない。
その点、歪んだ精霊の力を持っていたりこの空間に入るなど、この個体はカリストの興味を引く要素が存分にあった。
これは、不味い。
「却下だ。如何なる理由があろうと、生のやり直しは認めない。」
面倒なことになる前に、先に拒否する。
ガニメデがカリストを振り向く。
「そんなこと言うなよ、兄さん。」
その言葉で確信する。
あの個体、厄介な奴に目をつけられたな。
カリストの意見を聞かず、勝手に話を進めるガニメデ。
その個体は、とある個体の記憶の消去を望んだ。
「成る程。……わかった。そうしよう。」
少し考えた後、まるで自分に言うように答えた。
「ただし、魂にも限界がある。もしお前の望む通り逆行して過去に戻るとするのなら、あと四回が限度だ。摂理に逆らって生きるのだから魂の消耗は激しく、以前のようにその力を使うことはできなくなるだろう。それでもいいんだね?」
ガニメデは最後に確認を取ると、その個体の魂を過去に送った。
(どんな原理で!?)
「ふぅ……。こんなの初めてだからちょっと疲れたぁ……。」
再び二人だけになった空間で、ガニメデはぐぐっと体を伸ばした。
眉間に皺の寄ったカリストは頭を手で押さえた。
「人間はよくわからん。何故、あんなに特定の個に執着する?」
「僕にだって理解できないさ。人間は僕ら神にとって理解不能なことばかりする。だが、そこが面白いんじゃあないか。」
まったくもってその面白さがわからない。
カリストはため息をつく。
「だからと言って、あの個体の要求を受け入れる必要はなかっただろう。」
「そんなことはないさ。人間を理解するのにちょうどいい機会だろ?それに、たかがあと四回の逆行だ。どうせすぐ終わるし、世界に
「仕事が増える。」
ぶすっと不服そうに言う兄に、ガニメデは苦笑いをする。
「まったく、兄さんは面倒臭がりなんだから……。」
個体のいなくなった場所を見て、ガニメデは愉快そうに笑った。
「さあ、あの人間はどんな結論を出すのかな。」
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