【一巡目】 ※殆どメモ (イルニアside)
イルニアは庭仕事をしていた。
誰かがこちらに近づいてきていると気づき、空間把握の魔法を使う。
近くに知らない男が一人。遠隔の空間魔法で気絶させた。そして魔法の範囲を広げると……。
ガランッ
ブリキのジョウロを地面に落とした。
あぁ、まさか。まさか、こんな日が来るなんて。
イルニアの顔がみるみる青ざめ、強張る。
恐怖と嬉しさが混ざり合って、奇妙な心地がした。
その場に立ち
心臓がうるさい。耳鳴りがする。あの子との距離が短くなる程、それらは酷くなる。
ルスが姿を現した。
あれだけうるさかった心臓の音が、急に消えた。自分とルスの呼吸だけが聞こえる。
辺りはしんと静寂に包まれる。
「……かあさん。」
表情の抜け落ちた顔で、呆然とルスが呟く。
心ここにあらずといった様子だった。
ルスは信じられないという風に、空間の魔女がイルニアかを彼女に確認する。
「……空間の魔女は、私よ。」
一呼吸おき、震える声でイルニアは答えた。
「なんで……」
「ごめんなさい、ずっと黙っていて。」
弁明しようとするが、うまく言葉にできない。頭が働かないし、喉に変に力が入って声を発するのさえ難しかった。
最悪の邂逅だった。
(それから二人は何度か会話をする。ルスは私が討伐対象の魔女であることを嘆き、絶望した顔をする。
ルスの心が乱れ、軋み、壊れた。)
会話の途中。
突然、ぐっ……とルスは苦しそうに胸に手をあて、地面に膝をついた。呼吸が荒くなり、額には脂汗が浮かぶ。
「ルス!」
様子が急変したルスに、イルニアは駆け寄る。
すぐさまルスはイルニアを睨み、牽制した。
「来る……な……!!」
鋭い眼光に一瞬怖じ気づいて立ち止まったが、また走り出す。
ルスは片方の手で口を塞いだ。
「ごほっ」
指の隙間から鮮血が溢れ出て、真っ白な雪に赤い花をいくつも咲かせた。
イルニアは恐怖と焦燥感に駆られた。
(まじで思いつかない。大事な場面なのに。
イルニアはうずくまるルスの背中をさする。
それに驚いたルス。一悶着ある?
ルスとのどさくさで、何かの拍子に彼の持っていた短剣で胸元ぐっさり?
それとも、背後からの謎の矢に射られて倒れる?
どちらもルスの目の前でね。)
イルニアは大量の血を吐く。
温かい血がドクドクと流れ出て、雪を真っ赤に染める。
「(何か単語を叫ぶ。できれば『かあさん』以外で)」
ルスがイルニアに手を伸ばす。
もうすぐ手が届く、その瞬間。
ドスッ
ぼやける視界で、ルスが矢に打ち抜かれて倒れた。
「……っ!!」
私は声にならない悲鳴をあげた。
一生懸命ルスに手を伸ばすが、うまく力が入らない。
ルスの呼吸が浅くなる。
嘘。
嫌だ。……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
駄目。ルス、まだ死なないで。お願い。
吐き出した息と共に、消え入りそうな声で
「……かあさん……。」
それが、ルスのさいごのことばだった。
そうして目を閉じ、がっくりと頭から力が抜けた。
すっと自分の顔から表情が消えたのを感じた。
ルス以外なにも見えなくなって、世界から音が消えた。
不思議と、涙は流れなかった。
後悔すら許されない絶望。
奈落に堕ちていくような感覚。
何故、こんなことになったのか?
考えられるのは一つだけ。事前に私が意識を失わせていた人間が目を覚まし、ルスを矢で射ったのだ。
私があの人間を見つけた時点で殺していれば、ルスは死ななかった。
私の未熟さが、この惨状を引き起こした。
わたしが、ルスをころしたんだ。
こんな最期にしたくなかった。
ルスを苦しめたくなかった。
それが結局……この有り様だ。
ルス。
私は仰向けになり、小さく口を動かして音無き声で詠唱する。
これから構築する魔法は、禁術。
今の私の魔力量とコントロール力でも、成功率はおよそ二割。
それでも、これにかけるしかない。どんな代償を払ってもいい。どうか、成功して。
だんだん口が動かしづらくなってくる。
それでもなんとか、詠唱を終える。
私を中心にして、巨大な魔法陣が
この禁術に成功したら、もしかしたらルスを助けられるかもしれない。
「expiation《エクスピアシオン》」
意識が薄れゆく。
完全に途切れる直前、ふわっと身体が浮くような感覚がした。
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expiationは、フランス語で『贖罪』を意味します。
空間把握の魔法は
「Tu es ou《テュ エ ウ》」
フランス語で『あなたはどこにいるの』。
なんとなく魔法の名前はフランス語が元になりました。
転移の魔法の名前は五巡目に出てきます。
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