【三巡目】
※殆どメモ
やっぱりあなたはそこにいた。
最期の記憶よりもずっと小さくて、弱々しい。
視界が歪み、何かが喉に込み上げる。
震える手で、私はあなたを抱きしめた。目を覚まさないように優しく、それでいて存在を確かめるように強く。
怖かった。またあなたが壊れてしまうのが。またあの未来が訪れるのが。あなたと離れるのが。
それでも私は二巡目の最期に決めた。
もうあなたに会わないと。何をしても私の死ぬ場面に立ち合うことになるのなら、せめてあなたが一番苦しまない最期を選ぼうと。
私との思い出がある程、あなたは討伐対象が自分の母であることを苦しんだ。私の死を嘆き、自分の非力さを恨んだ。
だったら、その思い出がなければいい。私がただの見ず知らずの魔女であれば、ルスは余計に悩まずに済む。魔女を討伐した後だって、人を殺したという最低限の罪悪感だけでいい。かあさんと呼んで慕う人を殺したと考えるより幾分かは心が楽だろう。
私はルスを抱えたまま、とある民家に行く為その近くまで転移した。
二巡目で知り合った、老夫婦の家だ。愛情深いあの人たちなら、きっとこの子を育ててくれる。
歩くこと数分。やっと明かりが見えた。ルスを扉の前に横たわらせ、自分がつけていた指輪をルスの左手の小指にはめさせる。銀色のリングにエメラルドグリーンの澄んだ小さな石が嵌め込まれている。
この指輪は防御魔法がかけられており、これを身につけていれば致命傷だけは無効化できる。さらに、ルスの今までの記憶を封印する魔法をかけた為、二巡目のように取り乱すことはない。(どんな仕組み?)
最後に認識阻害の魔法をかけ、そっと手を握る。
……さようなら、ルス。
額にキスをする。
もう、この子に触れることはないのね。
扉を数回叩いた。
家の影に隠れると同時に、中から老いた女性が出てきた。倒れた子供に驚きの声をあげる。
「ちょっと、あんた!あんた!家の前で子供が倒れとるよ!この子を温める準備をしておくれ!……待っておくれよ。どこの子か知らんが、今助けてやるからね。」
そう優しく子供に話しかけ、家の中へ運んでいく。
バタンと扉が閉まり、辺りはまた暗くなった。
家の中から、老夫婦の声が聞こえる。
どうやらルスの虐待の跡に気づいたようだ。このまま自分たちの家に住まわせるらしい。
あぁ、良かった。……ルス、これからは、幸せに暮らせるからね。あたたかい家庭で、他の人間みたいに暮らせるからね。老夫婦は優しくて気立てが良いから、安心して。きっと、あなたを立派に育ててくれる。
……もう、寂しくなんかない、か、ら……。
涙が溢れて止まらない。声を圧し殺して、泣いた。
ここにいるのが耐えられなくて、私は転移魔法で逃げ出した。
もういない。もういない。私の知るあの子は。
もう会えない。私を殺しに来るその時まで。
自分の家の前で、私は膝から崩れ落ちて大声をあげてみっともないくらい泣いた。
会えない。あの柔らかな肌に触れることも、可愛らしい声を聞くことも許されない。もう……あの笑顔を、私に見せてくれることはない。
『ルス』は、どこにもいない。
……自分で決めたことなのに。覚悟してた筈なのになぁ。
寂しくて、怖くて、辛かった。
泣いても泣いても、止めどなく涙は流れる。
どれだけ大声をあげても、この気持ちは無くならない。それどころか一層込み上げてくる。
笑った顔。怒った顔。泣いた顔。驚いた顔。
あの子の顔が浮かんでは消えていく。
待って。
不意に伸ばした手は空を切った。
冷たい風が、容赦なく身体をなぶる。
……あの子の温もりが恋しい。
その後のことはあまり覚えていない。ただ、脱ぎ捨てられた靴とベッドのあちこちが濡れていたことから、すぐにベッドで眠ってしまったことは確かだ。
あの子を老夫婦に保護させてから数週間は、抜け殻のような日々を過ごした。
(ここからほぼ未定。だけど、髪を切るのは絶対。)
ずっとこうしてはいられないと気づくイルニア。
そうだ。私は覚悟を決めたんだ。何をしてでも、ルスを幸せにすると。
ハサミでバッサリと肩の高さまで髪を切る。
これは、今までの甘い自分との決別だ。
鏡を見る度に私は自分の覚悟を思い出すだろう。
鏡に映るイルニアの瞳は、心なしか
イルニアは多分ルスに殺される。
ルスと対峙するとき。
演じなければ。嫌われものの魔女を。殺されて当然だと思われるような魔女を。
一度だけ、イルニアは寂しそうで辛そうな表情をする。今まであんなに慕ってくれた自分を覚えておらず、純粋な憎しみと殺意を向けられるのは思った以上に精神的に辛かった。
最期。意識が薄れゆくなか、「どうして……」と呟くルスの声が聞こえた。
(でもねぇ、このままだとどうしてイルニアがルスを不幸だと判断したのかがわからないのよね。
ほんと、どうしましょ。)
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