(イルニアside)

「じゃあ、食料探してくるね。いってきまーす!」

「いってらっしゃい。夕方から雨が降るかもしれないから、早めに帰ってきてね。」

うん!と元気よく返事をしたルスは、ランチと蔦編みカゴを持って走っていった。


ルスを拾ってから、二回目の秋が来た。痩せ細って小さかったあの頃とは比べ物にならないくらい、ルスはすくすく育った。

私はルスを見送るとベランダでつくろい物を始めた。元気がありあまっているルスは、最近は一日中近くの森で遊び、服のどこかにほつれや破れを作って帰ってくる。もう少し周りに気をつけなさいとたしなめてはいるが、なかなか直らない。

もう少し丈夫な布で仕立てようかしら?

一度手を止め、ルスの去った方向を眺めてた。

「はぁ……。でも、あの子が元気でいてくれるのが一番ね。」

ルスの様子を想像すると、自然と口角が上がった。

さて、今日中に終わらせないと。きっと今日もどこかを破いて帰ってくるわ。


午後四時頃、だんだん太陽の光がなくなり辺りが暗くなってきた。冷たい風も吹き、肌寒さを感じる。

ルスはもうすぐ帰ってくるかしら。

裁縫道具を片付け、室内に移動させる。

家の中に入る直前に空を見上げると、遠くに雨雲が見えた。


午後五時頃、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

まだ帰って来ないのかしら?窓辺に寄って外を確認するが、ルスの姿は見えなかった。

帰ってきたら体が冷えきっているだろうし、温かいスープでも作って待っていよう。

それからこまめに何度も時計と外の様子を確認するが、一向に帰ってくる気配がない。おかしい。何かあったのかしら。

雨はひどくなるばかりだった。


そろそろ五時半を過ぎようとしていた。

今まではこの時間までには必ず帰ってきたのに。

やっぱり、何かに巻き込まれたんじゃ……!!

勢いよく立った拍子でガタンッと椅子が倒れた。しびれを切らした私は外套を着て、雨が土砂降りにも関わらず外へ飛び出した。

「ルス!ルス!どこにいるの!返事をして!!」

雨音がうるさい。

「ルス!……ルス!」

私の声はすぐに雨で掻き消される。

どこ?一体どこへ行ってしまったの?

ゴロゴロと雷が轟く。

私は精一杯ルスの名前を叫びながら、あちこち走り回った。

「きゃっ!!」

露出した木の根に足が引っ掛かり、前につんのめった。転びそうになったところを、傍にあった枝にしがみついてどうにか耐える。

はぁ……はぁ……はぁ……

肩で息をしながら、体勢を整える。ピリッと左手が痛んだ。どうやらさっき擦りむいてしまったらしい。

ろくなことが起きないわね。それよりルスを見つけないと……!

辺りは真っ暗だが、雷の光もあり辛うじて見える。

私はまた走り出した。

「ルス!ルス!!いたら返事をしてちょうだい!!」


どこまで山を降りただろうか?かなり長時間捜したが、手掛かりは未だに何も無い。

ルスのいた痕跡を探したいが生憎視界が悪く、足跡はこの雨で消えている。

ランタンを持ってくるんだった。そうしたら、何か手掛かりが見つかったかもしれない。

不意に何かを蹴った。ビックリして立ち止まる。何か、軽いものだった気がする。手探りで辺りを探すと、何かを見つけた。

これは……蔦編みカゴ?……っ!!もしかして!

それは、今朝ルスが持っていったカゴだった。

どうしてこれだけ?もしかしたら近くにルスもいる?

声を張り上げて名前を呼ぶ。耳を凝らすが、返事はない。気を失っているのかもしれないと思い周囲の茂みに分け入る。しかし、捜せど捜せどルスは見つからない。

ピカッと雷が光った。

同時に足元で何か光が反射したのを私は見逃さなかった。これは何?泥を落とすが暗くてよくわからない。それをポケットに入れてまたしばらく捜し続けたが、他の手がかりは何も無かった。

指先がかじかんでうまく動かせない。体も完全に冷え、時々くしゃみをした。

一度帰るべきだろうか。でも、もしルスがどこかで倒れていたら?

そう考えると怖くて、捜索を止めることができない。だが、もう私も体力の限界だ。これ以上無理に続けると、今度は私が家に帰れなくなる。そうすれば本末転倒だ。

そう言い聞かせ、集中力をかき集めて転移魔法で家に帰ってきた。

どさりとその場に崩れ落ちる。

全身ぐっしょり濡れて泥だらけだ。身体中が痛むし、喉を潰したのかかすれ声しか出ない。

これだけ探しても見つからないなんて。……このまま、ルスが見つからなかったら?

背筋がゾッとした。急いでそんな考えを頭から追い出そうとするが、どうしてもその可能性をぬぐいきれなかった。

……とにかく、体を綺麗にして着替えないと。


暖炉で体を温める。そうだ、と汚れた服から拾った物を取り出して持ってきた。

(銀製の何か。詳しい描写)

その紋章が何かわかると、驚いて思わず床に落としてしまった。

キンッと金属音が響く。

手が震えた。

これは……サディトリアル公爵家のものだ。

サディトリアル公爵家。穢狩りや魔女狩りの精鋭を何人も排出する教会派筆頭貴族であり、魔女である私にとっての天敵。数歩後ずさり、おぞましい物を見るような目でそれを見る。

サディトリアル家の人間があそこにいたってこと?でも、何で?ここら一帯は魔女の領域で、サディトリアル家だって滅多な事がなければそこに足を踏み入れない。先日町へ買い物をしに行ったときには近々魔女狩りが行われるだなんて噂は無かったから、きっと私を殺しに来たんじゃない。

彼らの目的がわからなくて怖かった。

まさか……ルス?

ふと、そんな考えが湧いた。まさか、と私はすぐにその考えを打ち消した。

あの子はただの人間の子供だもの。わざわざ魔女の領域に入る危険を冒してまでさらうわけがない。でも……。

忽然と消えたルス。

サディトリアル家の目的不明の侵入。

何か関係しているとしか思えなかった。

明日もルスを捜しに行こう。……新しい手掛かりが見つかるかもしれない。

カチッと、時計が深夜零時を指した。

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