私の家族 (イルニアside)
翌朝、私はソファから起き上がると朝食の準備を始めた。今日も少年に合わせ、胃に優しい食事だ。
食卓が整い少年の様子を見に行くと、彼はビクッとこちらを振り向いた。どうやら今まで窓の外を眺めていたようだった。朝食ができたと伝えると、少年はベッドから降りてついてきた。
朝食を食べながら、私は少年の名前を訊いた。少年は若干目を伏せながら、名前は無いと答えた。
今日から数日間は少年の仮住まいにする為に空き部屋の掃除をしたり、服の仕立て直しが続いた。少年は掃除などを手伝ってくれた。
それから二週間くらい一緒に過ごす。少年はこの環境に慣れてきたのか初対面の時のような怯えはなくなり、徐々に本来の素直で純粋な性格が表れるようになった。表情はまだ固いが、時々はにかんだ笑顔を見せてくれる。身体のアザや打撲は殆ど治った。傷もあともう少しすれば完治するだろう。
これからについて少年としっかり話をしないといけない。
その晩、二人でソファに座って私は少年に今後の話をした。
少年は今後どうしたいか。
僕は、僕は……。口ごもる少年。
私はまず自分の考えを述べた。
「あなたには主に二つ……いえ、三つの選択肢があるわ。一つ目は、このまま私と暮らすこと。二つ目は、人里に降りて孤児院に引き取られること。三つ目は……あり得ないだろうけど、元の場所に戻ること。」
「絶対嫌だ!」
そう言った途端に少年は珍しく声を荒げた。私は静かに言う。
「ごめんなさい。……ともかく、あなたにはそれらの選択肢があるわ。山にこもるか、人間の社会に戻るか。あなたはまだ子供だもの。こんな山奥ではなく、きちんと人間の社会に戻るべきだと思うわ。」
しばらく経って、少年が訊いた。
「僕がここにいるのは嫌?」
少年は今にも泣きそうな顔だった。
「いいえ、嫌じゃないわ。むしろあなたといてとても楽しい。」
「じゃあ、ここにいる。」
そうきっぱり答えた。
「本当にいいの?」
「うん。」
「人間の社会から長い間離れすぎると、戻ったときに馴染みづらくなるかもしれないのよ?」
「それでも、僕はあなたといたい。」
真っ直ぐに私を見つめる少年。最後は、私が根負けした。……いいえ、もしかしたら私もそれを望んでいたのかもしれない。
「わかった。これからも一緒に暮らしましょうね。それから、私を『あなた』なんて呼ばなくていいのよ。イルニアって呼んでちょうだい。」
頭を撫でると、少年はほっと安心して嬉しそうに笑った。
「うん、わかった…………かあさん。」
「!」
少年は最後、はにかんでそう言った。
かあさん。
とても嬉しかった。この子が私をそんな風に呼んでくれるなんて、思いもしなかったから。
私はこの子をぎゅっと抱きしめた。
「えぇ、私はあなたのかあさんね。」
たくさんの愛情を注いで、何があってもこの子を守ろうと心に決めた。
「かあさんも、僕に名前をつけて。」
不意に腕の中からそう声が聞こえた。
「いいの?」
「だって、かあさんだもん。僕はかあさんにつけてもらいたい。」
名前……。あぁ、そうだ。この子にぴったりの名前があった。
「ルス」
パッと、この子は顔を上げた。
「あなたの名前は『ルス』よ。」
「……ルス。僕の名前は、ルス。」
噛みしめるようにそう呟いた。
「ありがとう、かあさん。」
今度はルスが私の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
私は膝の上で幸せそうにすぅすぅと寝息をたてているルスを見ながら考えた。
ルスは私と暮らすことを選んでくれた。でもこの子は人間だ。いつ人間の社会に戻っても大丈夫なように、しっかり教養を身につけさせないと。
さらりとルスの頬を撫で、微笑む。
どうかこのまま幸せでいてね、ルス。
大切な、私の光。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます