【一巡目】
全ての始まり (イルニアside)
それは雪の降る日の出来事だった。
日が落ちて周囲は既に暗くなり、食料調達していた私はそろそろ家に帰ろうとした。
雪に足をとられないよう慎重に歩いていると、遠くで何かが雪に埋もれているのを見つけた。近づくにつれてそれは克明になっていき、人間だと気づいた瞬間、私は慌てて走り出した。
倒れていたのは、小さな少年だった。意識が無い。
完全に冷えきった体を自分のコートで包んで抱き上げると、急いで転移魔法で家に帰った。
少年を暖炉の前のソファーに寝かせる。
真っ白な肌に、青くなった唇。肩まで伸びたぼさぼさの銀色の髪は、途中からエメラルドグリーンに変化していた。
身体はひどく痩せている。抱いた時に異常に軽くて驚いたが、光のある場所で見ると改めてこの子の細さがわかる。
こんなに幼い子が、何故あんな山奥に……。
小さな手を握ると、ちらりと袖口からあざが見えた。
……あぁ、そういうことか。
なんとなく察した。少年は誰かに捨てられたか、逃げてきたのだろう。
「可哀想に。」
私は立ち上がり、乾いた服や薬を取りに行った。
お湯をはったタライとタオル、もう片方の手で幼い頃に着ていた自分の服や包帯、塗り薬を持って部屋に入ると、少年は起き上がっていた。
突然現れた私に気づき、ビクッと少年の身体が揺れた。大きなエメラルドグリーンの目には怯えがありありと浮かんでいる。
少年の方へ歩きながら、これ以上怯えさせないよう、笑顔でなるべく優しい声色で言った。
「気がついたのね、良かった。あなた、山奥で倒れていたのよ。」
少年はソファの上で身体を縮こまらせ、時折ちらちらと周囲を見ながらこちらを窺っている。
「私はイルニア。ここは私の家よ。山奥であなたを見つけたからここに運んだの。」
持ってきたものをサイドテーブルに置き、お湯でタオルを濡らした。
「ほら、服を脱いで。身体を綺麗にしてあざの手当てをしなくちゃ。それにずっと濡れた服を着るわけにはいかないわ。」
少年はピクリとも動かない。
見ず知らずの人に身体を触れられるのは、やっぱり怖いか。
流石に薬は私が塗るしかないけど、このくらいだったら……と私は少年にタオルを差し出した。
「自分で拭ける?」
少年は少し考えるそぶりを見せ、そっとタオルを受け取った。
「身体を拭き終わったら、タライの隣に置いてある服を着てね。しばらくしたらまた見に来るわ。薬はその時に塗るわね。」
ほっとした私はにこりと笑いかけ、キッチンに向かった。
一言も喋らない。ずっと怯えてこちらを観察しているような視線だった。
少しだけ緊張したなぁ。拾ってきちゃったけど、どうしようかしら。
行く宛もなさそうだから一緒に暮らそうか提案したいけど、あの子は人間。魔女である私といるよりも人間の社会に戻るべきだ。怪我が治ってある程度回復したら孤児院に預けるのがいいだろうか。
そう考えながら野菜のスープを作る。
出来上がると、トレイに乗せて再び少年のいる部屋に戻った。
ダイニングテーブルに食事を並べ、少年の方に向かう。
少年は私の服を着てくれた。かなりぶかぶかだった為、余った袖を捲りって手足が出るようにした。
薬を塗ろうとするが、少年は一向に腕を出してくれない。困ったように眉尻を下げ、どうかお願い、と再度頼む。自分の手の甲に塗って薬が安全なものであると伝えると、おずおずと腕を差し出した。少年の腕はとても細く、思ったよりもあざや打撲が多かった。所々目立った傷もある。患部を刺激しないように薬を塗り、包帯を巻く。
もう一方の腕と両足も同じようにする。他には?と訊くと、少年は手を右の脇腹にあてた。「ここも、少し痛い。」小さな声で答える。
少年が初めて声を発したことに内心驚きながら、「触っていい?」と尋ねる。一瞬顔を強張らせたが、こくんと頷く。
ありがとう、と言って処置を終わらせた。
「じゃあ、夕食にしましょうか。向こうのテーブルで待っていてね。」
「え、でも……。」
戸惑い口ごもる少年。しかし、視線はテーブルに固定されていた。
ぐぅ
少年のお腹が鳴った。
少年ははっとテーブルから目をそらし、バツが悪そうな顔をする。耳がほんのり赤い。
私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ。遠慮しないの。せっかくあなたの分も作ったんだから、食べてちょうだい。」
可愛らしい。
頭を撫でると、少年がびっくりして後ずさる。
しまった、つい……。
「きゅ、急に撫でてごめんなさい。あなたを傷つけるつもりはなかったの。」
慌てて、一歩後ろに下がる。
少年は頭を横に振ると、そっぽを向いてダイニングに行った。
薬などを片付けて戻る。
少年はちょこんと椅子に座って野菜スープを見つめている。心なしか、目が輝いているように見えた。
「それじゃあ食べましょうか。」
私が食べ始めると、少年も躊躇いがちにスープを口に入れた。
少しだけ口角が上がったのに気づいた。
良かった。美味しそうに食べてくれて。
黙々と食べ続ける少年の様子を気にしながら、私も食事をする。
誰かとこうして食卓を囲むのは久しぶりだなぁ。一人よりも、こうして一緒に食べてくれる人がいるだけでなんだか嬉しい。
ふと顔をあげると、少年の目が眠そうにとろんとしていた。皿も空っぽだ。
私は食器を下げてキッチンへ洗いに行った。次に様子を見に来たとき、少年はぐっすり眠っていた。
年相応のあどけない寝顔。
少年を自分のベッドに寝かせ、布団を被せる。
「おやすみなさい。いい夢を。」
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