第8話 新たな故郷


 太陽系外移住準備のための宇宙ステーション滞在は、浅井一家の場合、3か月だった。


 その3か月の間にカウンセリングと、何種類もの適性検査を受けた。

 身体的・精神的に環境の変化にどのように反応するかという、家族一人一人の特徴を記録する目的と、その個人的特徴に合った受け入れ環境を準備するため、と説明された。


 環境のうちで最も重視されたのは、子供の教育に適した環境は何か、ということだった。

 一般的に「子供」というのではなく、浅井一家のアイデンティティ、つまり地球からの移民一世であり、極東の日本という国の文化背景を持っていて、その文化の中での核家族という社会の最小単位である、そんな集団に所属している子供たちにはどんな教育が合っているのか。

 その上で個々の性格も考慮され、細々としたリサーチがなされた。


 その中で、知育遊びのようなテストを何度か受けた。知能指数を測ったりするものではなく、単に知覚や認識の傾向を把握するためのものだ。


 脳の働きの傾向が標準から少しずれていると、普通の教育では対応しきれないから、それを見分けるための検査でもあったようだ。

 地球と同じように、一目見て明らかに病気とわかるような脳の異常を持つ人々はもちろん、普通の人と同じに見える「患者」たちも、これらの適性検査で見分けられる。


 地球ではいまだに難読「症」や、注意力散漫だの多動「症」だの、まるで病気みたいに「症候群」などと呼ばれている人達は、学校の勉強や何時間もじっと他人の話に集中しなければならない会議などには適応するのに苦労するが、日常生活は全く支障がない。上手くその特性に合う職場を見つければ、あるいは自分に合う技術や資格を身に付ければ、人並み以上の成果を上げる人が大勢いる。

 性的傾向が少数派である人達も同様で、多数派が動かす社会に一方的に適応するのではなく、自身の傾向を個性として捉えて、それを活かすことで成功している人もたくさんいる。

 彼等は移住惑星では特別なサポートの対象となる。

 しかし、医療や診療の対象であるとは見なされない。彼等は宇宙連合の研究者たちから見ると異常でも何でもなく、ひとつの個性にすぎない、という。

 場合によっては人類の進化のカギを握る重要な脳である、とも言われる。


 それらのリサーチの時、圭は先日の昴の人形遊びのことを職員に相談してみた。

 ホルモンバランスや脳の状態が女性的なのではないか、と打ち明けてみると、はっきりと「全く心配要りません。」という答えが返ってきた。

 むしろ大地のほうが男性的な傾向が平均より少し強く、多少とも注意を要するとすれば大地のほうかもしれない、と言われた。


 両親のほうは、子供の教育をどのように考えているか、将来どのような教育を受けさせようと思っているか等を何度かの面談で質問された。

 この時、圭は逆に、自分たちはどうするのが子供たちにとって良いのか尋ねた。

 すると「二人を比べない」「子供たちの自主性を尊重する」など、当たり前の答えが返ってきた。


 対人関係のシミュレーションもあった。CGの人物相手に会話をしたり、お互いとロールプレイングのような会話をしたり、仮想空間ゲームのようなものもあった。

 これらは主に子供たちの社会的な訓練として推薦されているが、大人でも受けられるというので、圭も受講してみた。今まで暮らしてきた普通の日本の社会とは何か違うものがあるのではないかと思ったからだった。

 案の定、「隣の家に外国人の一家が引っ越してきました。あなたはどうリアクションしますか。」だとか「あなたの住む日本人街に、外国人の多い一角があります。どのように思いますか。」などというシミュレーションがあった。

 だが、予想を上回るようなものは無く、圭から見ると「こんなもんだ。」と、多少がっかりするような内容だった。




 様々なリサーチの結果、移民局が勧めてきたのは、「緩やかに他の文化圏とつながる日本型社会」だった。

 地球の様々な文化を継承し、保存する、いわば疑似地球型社会の一種である。

 住人は日本からの移住者や日本文化の中で育った人たちを中心に構成され、日本の文化や慣習を、宇宙連合の法規や制度と折り合うようにアレンジして保持している。


 気候条件も日本に似た場所が選ばれ、日本と同程度の気温帯の、大陸東岸に位置している。


 移住用惑星は地球に出来るだけ近い条件、ということで、主に太陽となる恒星の光の波長や放射線などが似通っている事、惑星に地球と同程度の磁場がある事、そしてもちろんその惑星がハビタブルゾーンを周回している事など、基本的な条件を幾つか満たしていなければならない。

 公転や自転については地球と多少の違いがあるようだ。一日の長さは24時間とは限らず、一年の長さも地球と違う事が多い。中には自転や公転が逆向きになっている星もあるらしい。


 浅井一家はしかし、生まれた時から地球環境に馴染んで来た移住一世なので、最も地球に近い星に移住することが望ましい。

 だから彼等の新しい故郷は、自転も公転も地球に一番近い周期で、回転の方向も同じ。地球と同じく東から日が昇り、地軸の傾きも地球より少しだけ大きいだけで、気候はそっくりだ。大洋や大気の流れも似ており、大陸の西岸と東岸でのそれぞれ特徴的な気候も似ている。


 そして新しい日本は、故郷と同じく、いくつかの島が大陸の辺縁部に集合し、南北に長い形状に連なっていた。


 地球の日本との違いは、プレートの境界の上に乗っているのではなく、地殻活動のほとんど無い遠浅の大陸棚の上にあることだ。

 そのため地震はほとんど発生しない。

 また、プレートの運動により形成されたものではないため、列島は弓形を成していない。


 一番大きな島は本州の二倍の面積があり、それに続く大きさの島々が7つと、北海道から九州ほどのサイズの島が十数個あり、その間や周囲に小さな島が点在する。

 しかし島の総数は地球の日本よりもずっと少なく、無人島も含めて700ほどだ。


 この群島と大陸との間には、日本海のような深い、強い海流の流れる海ではなく、浅い内海がある。瀬戸内海を大きくしたような海が大陸との間にある、と考えると分かりやすい。

 この浅い内海に、地球の日本海と同じように、大洋側を北上する暖流の分流が北へ向かって流れていて、暖かい空気を群島の北端まで運んでくれる。


 そして群島の向かい側の大陸沿岸も日本地区の領域になっていた。

 群島の全体が温暖な気候帯に属し、冷帯気候の島がなく、また、大陸から寒気団が張り出してくることがないので雪が降らない。つまり、東北や北海道の気候が新たな日本となる群島には存在しないのだ。

 なので積雪地方を再現するため、雪の降る大陸沿岸の山脈も入れる必要があったのだった。

 そのため、全体ではオリジナルの日本の5~6倍の面積になっていた。


 この地域は、ニホン区という名称だった。ジャパンでもヤポニカでもなく、日本語の発音をそのまま名称にしている。

 ニホン・ディストリクトというのが正式名称で、ステイトやネイションではない。

 大陸に領地があることによって、複数の他の文化圏と地続きになっている。




 緩やかにつながる、というのは地続きという意味ではなく、他文化圏との往来や物流の自由度が緩やか、という意味だ。


 規制が緩やか、という意味にも取れるし、往来の自由が緩やかにしか許されていない、とも取れる。


 日本区でも他の区でも、独立した行政を行い、法体系も別だが、税関や出入国審査に相当するものがなく、出入りは自由だ。この意味で国家とは明確に違うからディストリクトという語を使っているのだろう。


 外国人がパスポートも出入国管理も何もなしで自由に入って来ることに、圭は当初は不安を覚えた。

 しかし、全く自由というわけではない。個人なら生活の拠点を、組織なら活動の拠点を他の文化圏に移す時に、簡単な審査がある。この審査はちょうど、住民票の手続きに犯罪歴などがないかをチェックする部分的な入国審査が組み込まれているようなものだ。


 ニホン区の中では、基本的な部分を除くと、祖国と変わるところはあまりない。

 この基本の部分とは、ニホン区だけに限ったものではなく、移住コロニー全体に共通するルールだ。


 その主な柱は三つ。


 一つは土地を売買したり勝手にいじれないこと。土地は全て宇宙連合の所有であり、土地についてだけは地球人の所有権を認められない。改造惑星というコロニーの性質上、継続的な全惑星的な調整や管理が必要であり、技術的に宇宙連合が管理せざるをえないからだ。

 その代わり借地料というものはなく、申請して許可さえ取れば無償で土地が使える。


 二つ目は通貨制度が地球と違うこと。

 まず、貨幣が存在せず、クレジットカードのようにデータベースの記録だけでやり取りされる。

 そして全宇宙の地球人コロニーの通貨単位は同じ、つまり通貨が一つしかない。この通貨はポイントという名称だった。


 そして三つ目のルールは、個人の意思を重視する、ということだった。

 このルールは一見、常識であり分かりきっていることを文にしただけのように見える。しかし、新しい惑星での時間がたつにつれて、意外に大きな影響を及ぼすことが分かってきた。

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