第5話 エレンのパーティー(前半)

 移住惑星には、大まかに、地球での民族別の伝統や文化を保存するタイプと、出身国や民族にこだわらずに他の基準で社会構成を決めるタイプとがあった。

 両方の極端なタイプを両極端として、その間をどちらにどの程度近寄るかによって、居住区の社会タイプが決まる。


 地球での国家や民族を完全に継承し、完全に保持する惑星は、数は少ないが、最も重要な保護惑星として位置づけられている。地球でいえば世界遺産登録されているようなものだ。

 その真逆に、ほぼ完全なボーダーレス、ワンワールドな惑星も、やはり少数存在する。


 大多数の移住惑星は、そのどちらの要素をも兼ね備えている。

 どちらかというと母なる地球の国家制度や民族文化を社会の基盤とするコロニーの方が多いようだ。

 やはり人間の性質として宗教や宗教行事、民族や習俗などを通じて所属意識を持つ方が落ち着くらしい。

 

 浅井家は、いろいろな適性検査やシミュレーションの結果、基本的には日本人社会で暮らした方が良いが、オリジナルの日本よりは異文化との接触が多いほうが向いているということが分かり、その条件に合った惑星をいくつかリストアップしてあった。

 それらの惑星の中から、圭の新しい職場を探しているのだった。


 あらかじめ検索して見つけておいた求人を示すと、相談員が圭の履歴などを参考にして助言をしてくれる。


 助言なしでも履歴書を送って応募することはできるが、数万件の中から求人票の記載だけで自分に合うかどうか判断するのは難しい。


 その点、相談員は適性検査で出た圭の性格傾向や地球での職歴から、だいたいどんな職場が彼に適しているかを、豊富な経験から絞り込むことが出来た。


 前回の面談は4日前で、その時にも求人先を選んでもらい、すでに履歴を送っていた。


「浅井さん、残念なお知らせですが。」と相談員が言ったので、圭は肩を落とした。


「前回、履歴を送った2件の会社は、ちょっと条件が厳しいようで。」


「2件ともだめですか。」


 相談員はまるで自分が残念な思いをしたような顔つきで、「残念ながら。」とつぶやいた。


 「でも、まだ探し始めたばかりですから。まだ何十件も浅井さんに合いそうな求人がありますから。」


「引き続き、探してみます。」と、圭は気を取り直して答えた。


 まだ職探しを始めてから4回目の面談だから、意気消沈するには早すぎる。


 断られた職場についての情報を相談員から改めて聞き、今後の方針を確認し合う。

 そしてその新しい方針を胸に、新たに求人の検索をすることになった。


 階下へ降り、一階と地下にあるコンピューターで検索をした。


 あらゆる人種の、あらゆる年代の男女が仕事を探していた。


 検索しながら紙にメモをしている人が何人かいたが、大部分の求職者はモバイルPCに検索結果を保存している。

 圭も、ブレスレット型のPCに検索した情報をダウンロードした。


 それから通話に切り替え、瑠香の番号が表示されている箇所に触れた。


 瑠香は共用のキッチンでお菓子を作っている真っ最中だった。何か要るものがあったら帰りがけに買って行ってやろうと思って電話したのだが、それを言い出す前に向こうがこう言った。


「あたしも今電話しようと思ってたんだ。

 あのね、ここにいつも来てる人が…カナダの人なんだけど、お家に招待してくれたのよ。

 それでね、子供たちも連れて、旦那さんもご一緒にどうぞって言われたんだけど。」


「いつ。」


「今夜。」


 うーんと唸りながら、圭はしばらく答えられなかった。

 会ったこともない人の家へ家族ぐるみで訪ねて行くなど、日本に居た頃はあり得なかったからだ。

 

 しかも外国人となると、招待を受けたとしても、どう振る舞ったらいいのか、不安が先に立つ。


「あたしたちの他にも日本人が来るんだって。」


「えっ、そうなの。」


「うん。馬場さんも行くんだけど」


「馬場さん?」と話を遮って聞き返す。


「あのう、前に言ってた、この共用キッチンに時々来る人。彼女の他にも日本人が来るらしいよ。」


「へえ、そりゃ… 日本人会か何か?カナダ人の家で。」


「違うけど、日本が好きなんだって。でも、他の国の人たちも来るよ。」


「人数どのくらい?」とまた不安になって、圭は言った。


 居住キューブは日本の都市部のアパートを基準にすればゆったりしているが、決して広くはない。


「10人くらいって言ってた。

 気軽な軽食パーティって言ってたから、きちんと座って食べるディナーとは違うよ。

 どうする、行く?」


「うん、じゃ、一緒に行こう。」


 二人とも一度帰宅してから一緒に出かけることに決め、通話を切った。


 家へ帰る前に、圭はショッピングエリアへ立ち寄った。招待してくれたカナダ人へ、何か日本的な手土産を持って行こうと思ったのだった。


 ショッピングエリアの上層階には地球から運ばれてきた各国の品物が販売されていて、日本からの製品もたくさん並んでいる。


 地下階と一階は特にどの国や地域という特色のない一般的な日用品や収納などの小物インテリアのフロアで、二階から上が国別のコーナーになっている。

 各階が違う大陸に振り分けられていて、アジアとオセアニアとインドの食品は一緒くたにされて二階と三階に入り、四階は南北アメリカ、五階はヨーロッパ・トルコ・エジプトなど北アフリカ、そして六階は中東とその他のアフリカだ。

 七階から上は服飾品が、同じ振り分けで続いている。


 圭は七階へ上がり、服飾品の日本コーナーを見た。

 服飾という表示にもかかわらず、一番手前の目立つ棚がサブカルコーナーになっていて、昔のゲームなどが並んでいた。足を踏み入れたとたんに目的を忘れてしまい、しばらく夢中で見て回った。


 隣り合って扇子や漆塗りの工芸品や、薄手で本革以上に質の良い合皮製品なども並んでいたが、圭はそういった、空港の土産コーナーに並んでいるような小物は苦手だった。


 それに、うかつにも招待主のカナダ人の性別を聞いていなかった。もし男なら、扇子をもらって喜ぶとは考えにくい。

 かといって古いゲームを手土産にするのも変だ。


 しばらくサブカルコーナーと小物の棚の周りをうろつきながら考え、その後ろの家電コーナーに入って考え、さらに文具の前でも考えた。

 日本の筆記具は世界的に有名だが、それだけに世界中で販売されていて、外国人にとって珍しいものではなくなっていた。


 やはり食品が一番無難だ、と思い直した。

 日本酒か日本茶にしよう、と決め、二階へ降りた。

 そしてアジア食品売り場の一角で日本酒と梅酒を物色した。


 日本で料理用として売られている安価な酒が無料配布品になっていたが、さすがにそれを贈り物にしたくはない。


 しばらく棚を眺め渡し、桜の絵がラベルに描かれた酒を手に取った。ローマ字でKyotoと大きく書かれていて、海外で最も知られた日本の都市の名が真っ先に目に飛び込むのが良いと思った。

 それを購入し、見栄えの良い有料の紙袋に入れてもらった。


 同じ店で醤油や味噌も見かけ、思わず手に取ったが、買おうと思ったわけではない。普段の食事に必要な日本食の食材はキッチンの注文パネルから購入できるから、外で買ってくる必要がないのだ。

 醤油はすでにグローバルな調味料になっているから驚かないが、味噌やかつおぶしやいりこなどもパネルのリストに入っていて、しかも無料だ。


 味噌を商品棚に戻し、時計を見ると午後一時近くになっていた。すぐに帰宅しないと昼食に遅れてしまう。


 広々とした構内にはまだ延々と店舗が軒を連ね、見たことのない外国の商品が美しくディスプレイされていたが、圭はあっさりと背を向け、エントランスの方へ大股で歩き出した。。

 





 どうしてこんなに趣味が良いのだろう。


 圭はそう思いながら明るいリビングを見回した。


 感心しながら、少し羨望も覚えていた。

 浅井家と同じく短期滞在のはずなのに、大きなテーブルやキャビネットが運び込まれていて、室内は色を奇麗に合わせたカーテンやタペストリーで飾られ、とても洒落ていて、居心地がよさそうだった。


 招待主は女性だった。

 10歳の一人娘と二人だけで家族用のキューブに広々と住んでいた。

 大柄でやや太り気味だが、骨格から察するに痩せればかなりスタイルが良さそうだ。眼尻にくっきりした笑いじわがあり、それがとても感じが良くて魅力的だ。


 名前を聞いた時、一度で聞き取れずに聞き返してしまった。ミショーという、フランス系の名前だとかで、発音もどことなくフランス語風だ。

 すぐに「エレンと呼んで。」と言われたので、そうした。


 エレンのほうは丁寧に、もしこちらがファーストネームで呼ぶのが日本的には良くないようなら、浅井さんと呼びましょう、と言ってきたが、「もちろん、圭、瑠香、と呼んでください。」と答えた。

 ミスター・アサイもなかなか響きがいいが、ここで自分だけ姓で呼ばせたら、偉そうな奴だと思われてしまう。


 エレンの娘はリアと言う名で、灰色がかった緑色の目をした美形だった。

 大きな眼と華奢なあごのバランスがまだ子供っぽかったが、姿勢の良い体はすでに成長期に入っているらしく、脚が異様に長かった。

 欧米の子供たちはまず脚から成長すると聞いていたが、本当だ、と密かに感心する。


 昴は人形のようなカナダ人美少女を見上げて目を丸くし、しばらく口をポカンと開けて立っていた。

 相手がお行儀よく握手を求めてきたのに、みっともない、と恥ずかしい思いをしながら、挨拶を返すように促す。


 自己紹介が終わると、子供たちは隣の部屋で遊んでいてもらおうということになった。

 大人たちがそれとなく見ていられるように、ドアを開けたままにしておき、何かあったら声をかけるように、と少女に言って、母親は大人たちをリビングへ案内した。


 ドアが開け放してあるのは子供部屋だけではなく、リビングと玄関の間のドアも、玄関のドアも開いていて、立っている位置によっては外の廊下が見えた。

 まだ到着していない客のために開け放してあるのだろう。


「他の皆さんはまだです。あなた方が一番乗り。」と言われ、圭は瑠香と顔を見合わせた。

 外人さんはパーティーには時間通りに来ないという話も本当だった。


 座ってくつろいでくれと言われたが、そういうわけにもいかず、二人して手伝った。


 用意してあるものを見ると、軽食ではあるが、品数が多かった。これを全部準備するのは時間がかかっただろう。


 さきほどから一緒に準備をしながら、徐々に打ち解けて話している様子を見ていても、エレンが素朴な、親切な人だというのが分かってきた。


 やがて馬場さんが到着した。始めまして、と挨拶をし、エレンと彼女がお互いにファーストネーム呼びするのを聞いて、あゆみさんという名前なのだと知れた。

 特に確認することもなく自然に、日本語の時は馬場さん、英語の時はアユミと呼びかけた。

 彼女は真面目そうな、やや堅そうな感じのする30代位の、普通の女性だった。


 馬場さんが子供たちにも挨拶をしている時に、もう一人の日本人客がやって来た。

 白髪混じりの男性だった。圭は彼を見た瞬間、くたびれた格好をしているな、と思った。

 その人が、入って来たかと思うと「エレン」と親しげに呼びかけ、大きく腕を広げて慣れた様子でハグをした。

 圭は度肝を抜かれてまじまじと二人を眺めた。

 彼はリアとも親しいらしく、隣の部屋から飛んできて順番待ちをしていた少女ともしっかり抱き合う挨拶をした。

 自己紹介の時、彼は自分から年齢を言った。60歳とのことだった。伊藤ダイショウと名乗った。おそらく大翔と書くのだろう。翔という字は年配の男性の名に多い。


 圭の手土産の日本酒をエレンが持ってきた。

 一緒に銚子を持って来たので、4人の日本人客は目を丸くした。

 揃いの柄の猪口もあった。エレンはそのセットを、カナダに居る時に買ったのだそうだ。

 しかも、燗をつけるかどうか訊いてきた。

 よく知っているね、と皆感心する。

 日本文化には若い頃から興味があった、と彼女は答えた。


 日本式に乾杯し、音楽も流して、和やかに会話していると、玄関の外から声がした。他の客が来たらしい。

 エレンが迎えに出て行った。


 数秒して、彼女の驚いたような声が響き渡った。


「あら、ちびちゃん。どうして外に居るの。リア、リアは何してるの。」


 圭ははっとして、飛び立つように立ち上がった。


 大地に違いない。大地はエネルギッシュで活動量が多く、いつも走りまわっていて、すぐにどこかへ行ってしまう。


 廊下へ出てみると、大地は、エレンと、ここの住人と思しき大人二人に囲まれていた。


 一人は背が高く色の薄い鬚を生やした白人の中年男性で、もう1人は中背の東洋人女性だった。

 彼らが大地が一人で歩いているのを見つけてくれたらしい。


「リーさん、ありがとう。」とエレンは東洋人女性のほうに礼を言った。


「いいえ。お宅の子だとは思わなかったけどね。」


「今お客が来ていて、その人たちの子なの。」


「何かのパーティー?」


「いえ、ただ友達が来ているだけ。じゃ、またね。さあ、ダイチ、戻りましょう。」


 圭はサンキューとお礼を言いながら息子の手を取った。

 日本だったら「すいませんでした」と謝罪の言葉を言うところだが、ここへ来る前に慌てて受講した英語教室でしつこいほどに

「日本語のすいませんと同じ感覚でソーリーを使うな。」と教えられていた。


 背後では、エレンの声が鬚の男性に「ウェルカム」と話しかけていた。

 男性はここの住人ではなく、客の一人だったのだ。


「パーティーなのね。私も来ていいかな。」と、東洋人女性が言った。


 まだいたのか、と圭は思わず振り返った。


「いいえ。小さな友達だけの集まりなの。」


 エレンが断ったが、東洋人女性はまた言った。


「私も友達。新しい友達と知り合うの、楽しいね。」とにこにこしている。


 圭はなぜか見ていられなくなり、背を向けて玄関を通り抜け、リビングへ入った。悪気はなさそうだが、ちょっとずうずうしい人らしい。


「人数が決まっているから、だめです。」


 エレンの口調に、こちらがひやりとしてしまう。


 女性はまだ「大丈夫、私一人だけよ。」と追いすがるように言い、エレンは「バイ」ときっぱりとした声で言って、ドアを閉めた。


 開け放したリビングの入口から皆が見ているのに気づくと、彼女は困ったような笑いを浮かべた。


「あの人は招いても招かなくても、いつも来るから困ってしまう。」


 日本人たちは顔を見合わせ、鬚の男性がなだめるように言った。


「変な人だったね。いつもああなの。」


「そうなのよ。


 …私も悪いところはあったのだけどね。

 最初、ここへ入ったばかりの頃は、ご近所と早く打ちとけたくて、あの人も何度か、こちらから招待したから。


 でも、しばらくすると自分の家みたいに入って来るようになってしまって。

 たぶん、あの人の故郷では隣の家も家族同様に付き合うんでしょうけど、私はそういう習慣はないし、ここのコミュニティの他のどの家庭にもそんな習慣ないのにね。


 そうだ、紹介しなくちゃ。」


 そこでエレンは鬚の男性を他の人たちに紹介した。

 エレンと同じカナダ人であり、ショーンという名前だった。年齢はお互いに尋ねないのが礼儀だ。


 

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