第2話 地球と別れを告げて


 テレビ画面で生まれて初めて宇宙船を見た時のことを、圭ははっきりと覚えている。


 当時は宇宙人たちは今のように地球の航空機を改造したり形を真似たりしておらず、あからさまにUFOの形状をした機体で降下してきた。


 降下して来て何をしていたのかは映像には映っていなかったが、報道によれば、戦闘地域の怪我人や死人を拾っていったという。

 その人たちが治療室のベッドから笑顔で手を振る映像も公開され、完治して健康そのものになって帰されてきた人達もニュースになった。

 即死だった人でさえ、蘇生されて何事もなかったかのように帰って来た。

 彼ら生還者たちのインタビューは世界中で繰り返し放送され、非常に有名だ。


 看護に当たったスタッフが全員地球人だったこともセンセーショナルに伝えられた。

 人類が初めて宇宙人の存在を知った時点で、すでに宇宙連合の作った移住惑星へ移住していた地球人が存在したのである。


 この知られざる移住者たちは、その後、地球の報道機関のインタビューに応じ、その素性を明かした。彼らもまた、同じようにUFOに拾われていった怪我人や死人や、その二世たちだった。


 つまり宇宙連合は、正式に地球人とコンタクトを取ってからではなく、その何十年も前から、ひょっとしたら100年も前からUFOを派遣して地球を「観察」していたのだ。

 彼らは目につきにくい小型の宇宙船で上空から世界各地の混乱地域を観察しており、戦闘があると降りて来て、見捨てられた怪我人や、蘇生可能な遺体を回収していたのだという。

 そして太陽系の外縁にある基地へ連れて行き、治療を施した。


 人体実験だったのではないかという疑問の声は、すぐに杞憂だと分かった。

 無論、地球人の生理を知るための調査は行われたし、体のあちこちからサンプルも採取されたが、苦痛を与えられたことは一切ない、とインタビューに応じた人たちは揃って断言した。

 特に宇宙連合のスタッフになった地球人たちは、すでに何十年も宇宙連合の医療施設で働いていて、その間ずっと宇宙人たちを見てきたのだから、信頼に値するだろう。


「地球人は、宇宙連合が数千年ぶりに発見した知的種族なんだ。未来の新しい連合メンバーになれそうな貴重な種族なんだよ。今は7種族で宇宙連合を作ってるけど、8種族目は地球人だろうって言われてる。」


「地球人は100億人もいるけど、宇宙的な視点から見ると非常に少ないんです。なので宇宙連合から見ると、早急に保護しなければならない種族で…」


「地球人保護計画とも地球人移住プロジェクトとも訳されてますが、この事業は、母星、つまり地球に影響を与えない範囲で他の星への地球人の移住を促すのが目的なんです。

 母星も保存しないといけませんからね。むしろオリジナルの環境や文化などの方がより重要なので、いずれは地球保存のための協力体制も整えるべきだと思います。」


 こういった話を、スタッフたちはインタビューの中で詳細に話した。

 彼らの話は細かな部分の描写がリアルで、しかも数百人ものスタッフから話を聞いても矛盾が出てこないので、作り話であるとは考え難かった。


 そして、決定的に宇宙連合が世界中で信用され始めたのは、これらの初期移住者の中から選ばれた大使が公式に各国に滞在するようになってからだ。


 地球側からも大使や公使が宇宙連合の領域へ派遣され、彼らが帰還すると、移住惑星の様子や移住した地球人の暮らしぶりなどが公的にも世界に伝えられて行った。


 そして最終段階として、宇宙連合は各地の難民キャンプで移住希望者の募集を始めた。

 政情不安か、経済的な困窮が最も大きな国々から優先的に協定を結んで行き、協定の内容も10年ほど前までは救急救命医療の提供と難民受け入れだけだった。


 それが欧州連合との技術協力協定が成立して以降、科学技術の協力や共同開発なども協定に含むようになり、世界中の国家と協定を結び始めた。移住受け入れ枠も大幅に広げた。

 その時点でようやく日本人も宇宙連合の改造惑星へ移住できるようになった。




 宇宙連合のテラフォーミングによって作られた地球型惑星は、地球人の種の保存を主目的として作られているため、移住する地球人は大切に保護される。


 と言われると、生活保障手当てのようなものを連想するが、違う。

 宇宙連合では就労不能か否かにかかわらず、全ての移住者に対して住居や土地が無償で供与され、光熱費も無料になる。


 宇宙連合側の説明には時々、無料なのか有料なのかという質問自体が間違っている、とある。

 地球人種保護のための惑星なのだから、そこに住んでもらうのに当の地球人から対価を取りはしない。対価が必要になるのは、同じ地球人同士の経済活動に対してか、あるいは他の地球人よりも過剰に多くのものを入手する場合だけだ。


 住居は無償である代わりに、完全に自由には選べず、若干の制限がある。これは日本で住居専用地域や農地などの用途が決められていて、使用の際の制限となるのと同様だから、特に問題ではない。


 土地も居住や事業に必要な場所は無料で借りられる。


 ただ、地球人が移住惑星の土地を所有する事はできない。全ての土地は宇宙連合の管理下にある。

 惑星を丸ごと改造して地球環境に似せているため、環境そのものを維持管理していく必要がある。そのため、土地を居住可能に保つ技術を持たない地球人には譲渡できない。


 同じ理由から、エネルギー資源は宇宙連合が直接管理する。

 地球人に自由な採取や売買を認めてしまうと、大規模な採掘による環境破壊や、排気ガスや汚染物質の垂れ流しなどが起こり、惑星全体の環境管理が難しくなる。

 地球人がエネルギーを扱うことが出来ない代わりに、生活で使う程度の使用量を無償で提供しているのだ。


 そして医療も無償だ。

 医療については、受ける権利、または、受けられる恩恵、ではなく、義務である。

 宇宙連合から見れば、地球人は最近発見されたばかりの希少な絶滅危惧種であり、その健康管理を入念に行わなければならないから、むしろ受けて貰わないと困るという。


 そして、この医療の一環としてDNA登録を義務付けられる、という条件もあり…


 ここが移住希望者にとって一番引っかかるところだった。


 全ての移住者はDNAを宇宙連合移民局に提出し、個人管理に使用されるのを承認しなければならない。


 医療管理だけではなく、戸籍や住民登録の代わりに、身分証明にも使用される。

それを了承しなければ、宇宙への移住はできないのだ。


 このDNA管理のせいで、宇宙連合はいまだに地球人を奴隷にするのではないか等の疑惑や誹謗中傷に悩まされている。


 むこうの説明では、

「個人を特定することは健康管理には不可欠である。生育記録や病歴や、健康状態の変化を長期にわたって記録する必要があるから。ホルモンバランスや免疫機能の状態、血圧の変化や血管の状態や内臓の状態など、個人個人で千差万別であり、しかもそれらの経年経過の記録がなければ、その人に合った治療や健康法を施すことが出来ない。

 同時にDNAを解析し、かかりやすい病気などを調べなくてはならない。

 医療カルテを一元管理するための個人番号を発行して、それにDNA情報を紐づけることがどうしても必要」なのだそうだ。


 地球人のほうは、DNAという究極の個人認識による統一管理という制度を、個人の権利や自由に関わる問題でもあるとみなし、それ以外の視点を無視するか、信じようとしない傾向がある。


 ネガティブに解釈すれば、移住惑星は、地球人を収容するワイルドパークと言えなくもない。


 しかし、圭にとっては、それは安心して子供二人を育てることができるということだ。

 宇宙へ移住すれば、健康管理が完璧なだけでなく、生活も保障される。子供たちが病気になっても高度な医療で治してもらえるし、生活保障制度も日本よりも整っているというから、自分に何かあっても妻子が路頭に迷うことはないだろう。




 移住当日は、普通の引っ越しとほぼ同じだった。事前に移民局から送られてきた注意事項の中に、国内での引っ越しと同じように梱包すれば足りると書いてあったので、普通の引っ越し業者に頼み、一番近い調布の移住専用空港へ運んでもらった。


 家具などの荷物の持ち込み枠は大人一人当たり2トン、乳幼児は1トンなので、3歳と5歳の子供のいる浅井家は6トンまで持ち込むことができる。

 家族なら世帯の全員を合わせた重量で考えて良いので、車も持って来ることができた。

 自動運転装置が付いていれば移住惑星でも乗れる、とホームページのQ&Aに書いてあったから、持って来たのだ。型が違いすぎて、向こうの道路で目立ってしまうかもしれないが、今は移住のための出費がかさむ時だから、見栄よりも節約を考えなくてはならない。


 出発前に、見送りに来てくれた人たちと丁寧に別れの挨拶を交わした。

 前の週までに何度かお別れパーティーをやって、職場も個人的な関係の方も挨拶は済んでいるのだが、そのうちの何人かは見送りにも来てくれた。

 他に、トラックを見て挨拶をしに来てくれた近所の人たちもいて、彼らとも別れの挨拶を交わした。

 そして、それぞれの親族は空港まで見送りに来た。


 移住用の空港は、各地の公共飛行場やヘリポートや、それらの隣接地に、宇宙連合の出資により建設されていて、関東には調布の他に5カ所あった。

 浅井一家は立川に住んでいたので、調布が一番近い。そこで全ての持ち込み荷物をスキャンされ、飼っている犬の検疫と登録をした。


 そういった手続きは空港に到着してから1時間もしないうちに終わってしまった。引っ越し業者が荷物をベルトコンベアに乗せている間に全部済んでしまい、あまりあっけないので困ってしまったほどだ。


 出発まで1時間以上も時間があり、改めて両親ときょうだいとの別れを惜しむ時間を取れた。カフェやレストランがなかったので、ロビーの片隅にある小さな売店でコーヒーなど買い、待ち合いのベンチに陣取って雑談した。


 その時、圭の従兄弟がやはり移住を考えている、という話になった。圭の移住に触発されたわけではなく、かなり前から「行くかもしれない。」とほのめかしていたという。


「知らなかった。」と圭は少し驚いて言った。

 従兄弟とは子供の頃に何度か夏休みを一緒に過ごしただけでなく、大学が近かったので、大学生の頃は遊び仲間の一人といってもいいほど仲良くしていた。今日の見送りにも来たかったと連絡があったが、海外勤務中なのでさすがに無理だ。


「でも叔父さんは反対でさ。そこへ圭ちゃんが移住する、って知ったもんだから、何だか怒ってるみたいよ。息子がよけいに移住したがるようになった、って。」と圭の姉が言った。


「そんなこと言われてもなあ。叔父さんはどうして反対してるの。」


「事業を継いでほしいからじゃないの。」


「そうか。」と圭は軽く受け流すかのように言い、沈黙した。


 大学の頃に従兄弟から聞いた話では、叔父の事業はその頃すでに傾きかけていた。卒業したら立て直しに協力しなければならないが、それが気が重い、と言っていた。


 圭が考え込んでしまっても、一同は特段気にする様子もなく、話題は妻の実家の方へ移っていた。


 妻の瑠香には妹が一人いて、かなり大きな会社の経営者に嫁いでいた。玉の輿に乗ったことを自慢することはないが、いつ会ってもさりげなく高価なものを身に付けている。

 だが、まだ子供を育てる気にはならないと公言していて、周りが「まだか、まだか。」と煩いとこぼしている。


 女はいい、金持ちと結婚するという王道があるのだから、と圭は密かに思った。


 しかしすぐに自分の姉をちらりと見て、例外もあるが、と心の中で付け加えた。


 圭の姉は主にオンラインでの仕事をしており、はっきりと金額を言おうとしないが、かなり稼いでいるようだ。

 彼女は20代までは典型的な長女、典型的な優等生で、良い大学へ進学して大きな会社に就職した。

 それが、良い人と知り合って順調にお付き合いが進んで、という方向へは進まず、いつの間にか何台ものPCを一日中睨んでいるオタクに変貌していた。



しばらく会話が止んでいたと思ったら、父がぽつりと言った。


「俺達は大丈夫だから。」

 

「うん。」


 一拍置いて圭は答え、同時に気分がさっと引き締まった。

 何か答えようとしたが、何も思い浮かばず、父から目をそらすと、姉に視線を移した。


「姉ちゃん、親父とお袋のこと、頼むね。」


「うん、大丈夫。」と姉は答え、力強くうなづいた。


 その数秒で真剣な気持ちでの対話は終わり、無言のうちに緊張が弛んだ。

 照れ隠しに、圭は子供たちの様子を見るかのようにそっぽを向いた。


 姪と二人の息子たちは、閑散としたロビーを縦横に走り回って遊んでいた。同じ年頃なのでちょうど良い遊び相手だ。すぐにお別れしなくてはならず、しかももう二度と会えないというのが信じられなかった。


 圭の視線を追うように、母も孫たちを見つめて、言った。


「私たちだって、世話になりっぱなしじゃないからね。」


 それだけしか言わなかったけれど、姉とお互いに助け合い、姪っ子の養育や教育に協力する、と言いたいのだろう。


 この姪っ子は婚外子である。姉は流行りの事実婚だったので、入籍していない。

 戸籍上の嫡出子と婚外子の区別は何年も前に撤廃されたから、未婚で産んだからといって子供が差別されたり不便な思いをすることはない。


 ないけれど、やはりきちんと結納や挙式を行った方が良かったのではないか、と圭は思っていた。

 手順を踏んでいないと、別れるのも気軽になるのでは、と思うからだ。


 姉は3年ほど前から別居している。籍を抜く必要がないから、別居はイコール別離となる。


 総じて姉の生活は、圭とは対照的だった。

 圭は婚約も結婚式も妊娠出産も両方の実家に見守られながら、その都度伝統に従って執り行ってきた。

 その圭も両親の世代からすると地味だそうで、結婚式などは「私たちの時の10分の1でしかない」と嘆かれた。が、これは同世代の標準だ。式だけに200万も300万も浪費する途方もない因習は既になくなって久しい。


 パートナーとの関係では姉は気の毒としか言いようがないが、しかし経済的には完全に逆転している。

 姉の住まいは都内の高級マンションで、家政婦がほぼ毎日通ってくる。

 姉が自分でそれだけ稼いでいるのか、それとも元パートナーからの慰謝料や養育費なのか、圭は知らない。こちらから尋ねるのは何となく抵抗があって、訊かずじまいになっている。



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