五話 『雪村先輩とのデート』

「さぁ!菜乃花ちゃん!帰りましょう!」




雪村先輩が私の手を引っ張った。余程楽しみなのか目がキラキラ輝いている。

今日は雪村先輩とデートだ。深川先輩は今日部活に来なかった。



いつもは来ない先輩に対して雪村先輩はいつも小言を言うのだが今日は何も言わず、寧ろどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。



「さぁ!菜乃花ちゃんは何処に行きたい?何でも付き合うわよ!私、今日はすっごく気分が良いの」



雪村先輩はスキップをしながらそう言った。……こんな先輩初めて見た……大人っぽい雪村先輩でも子供らしい一面があるんだなと思ったし、新鮮だった。

私はそんな先輩を見て思わず笑みを溢しながらも私は考える。



今の時刻は四時半。いつもより早めに部活が終わったとはいえ、まだ私達は高校生である。行ける場所も時間も限られている。



かと言って深川先輩みたいにクレープ屋さんに行くという選択肢も無い……流石に2日連続であんな大きいクレープを食べたくない……それに私はもうお腹いっぱいだし……。

だからと言ってこの辺で遊べるような場所は限られる。どうしようかな……



「あ、あの……雪村先輩……散歩とかって出来ますかね?」



私が聞くと雪村先輩は笑顔のまま首を傾げた。



「えぇ、良いけど……散歩……?そんなことならいつでも出来るじゃない」



いや、まぁそうなんですけどね……散歩っていうのはあくまで名目みたいなものでして……。



「あー……その……深川先輩の時もあんまりデートっぽく無かったですし……雪村先輩の時だけデートっぽいことしても……なんて言うか……」



言いながら恥ずかしくなって頬を掻いた。だって二日連続あんなデートしたら私のメンタルが削れるし……!だから雪村先輩には悪いけど今日は抑えめにしてくれないかな……なんて思っていたら、雪村先輩はクスッと笑うと口を開いた。



「奏はそんなこと気にしないと思うけど……まぁ、いいわ。じゃあ散歩しながら色々話しましょう」



こうして私達は散歩をする事になった。




△▼△▼




私達はまだ明るい空の下、ゆっくりと歩き始めた。



「ねぇ、菜乃花ちゃん。奏とはどんなことをしたの?デートらしいこと本当にしてないの?例えばキスとかハグとか本当にしてないの?してたら奏を締めるんだけど」



……あれ?なんかいきなり雰囲気が変わったぞ?なんだろう……さっきまで凄く楽しそうにしてたのに今は殺気立ってるような気がする……怖い……怖すぎる。



「き、キスもしないし、ハグもしてませんよ!?あ……でも手は繋ぎましたけど……」



すると雪村先輩の目つきがさらに鋭くなった。まるで獲物を狙う鷹のような目だ。



「手を繋いだ……ですって……?私と菜乃花ちゃんはしてないのに……?許せない……奏を絞めようかしら……」



うぅ……これは冗談抜きでヤバそうだ。どうにかしないと!



「ゆ、雪村先輩……落ち着いてください!私と手を繋ぎたかったのなら今から繋ぎましょ?ね?」



私はそう言って雪村先輩の手を握った。握ると雪村先輩の顔がみるみると赤くなっていった。そして目を逸らすように下を向いてしまった。



「そ、そうよね……あ、そ、そうだわ!何か食べに行きましょう!菜乃花ちゃん!」



「か、買い食いは校則違反ですよ……?」



「真面目ね。今日ぐらいはいいでしょ?…‥ダメ?」



ぐっ……そんな顔されたら断れないじゃん…私が頷くと雪村先輩は嬉しそうに私の手を引っ張り、喫茶店へと入っていった。店に入るとコーヒーの良い匂いが漂ってきた。店内には落ち着いたクラシックの音楽が流れており、少し薄暗い照明も相まってとても大人な雰囲気だ。

私達は窓際の席に向かい合って座った。メニュー表を見ると……



「た、高くないですか……!?ここ……!」



値段を見て驚いた。ここはただの喫茶店ではない。ケーキセットですら千円近くするという高級なお店なのだ。普段、私はこんなところに入るお金が無い為、あまり来たことがない。



「あ、お金のことなら気にしないで。私が奢るわ」



「へっ!?いや!悪いですよ!」



「いいのよ。私が菜乃花ちゃんに奢りたいだけだし。それに私の方が年上なのよ?少しくらい頼ってくれないと悲しいじゃない……」



……私雪村先輩に頼ってばかりなんだけど……それを言うのならこっちの台詞だよ。寧ろ私の方こそ助けられてばっかりなのに……



でも、先輩のご好意を無下にするのは失礼だと思い、私は小さく頭を下げてお言葉に甘えることにした。



「お待たせしました。デリシャスパフェでございます」



店員さんが注文していた品を持って来てくれた。デ、デリシャスパフェ……だと……!名前だけで美味しいのが分かる……が、昨日、"カップル限定!!特製苺クリームスペシャルクレープ"というクレープを食べた後だ。



太るかもしれない……だけど、雪村先輩が笑顔で待っているんだ……ここで食べないという選択肢はないし、何より奢ってもらったのに残すのはもっと失礼なことだ。



私は意を決してパフェを一口食べた。

おぉ……甘い……けど、しつこくなくて凄く食べやすいし、生クリームも重くなく、軽い食感だ。これならいくらでも食べられそうな気がする。



「ふふっ、かわいい」



「え?」



突然雪村先輩が笑い出した。一体どうしたのだろうか。



「あ、いや、何でもないのよ。ただ菜乃花ちゃんが幸せそうに食べるから…天使みたいで……つい……」



「て、天使だなんて……そんな……」



「いいえ!天使よ!」



そう言うと雪村先輩は私から視線を外し、窓の外を見た。その横顔はとても美しく見えた。

それから私と雪村先輩は他愛のない話をしながら楽しい時間を過ごした。

そして、あっと言う間に時間が過ぎていった。時刻は六時を過ぎており、空は暗くなり始めていた。



「ちょっと出ましょうか。まだ時間ある?もう少しだけ付き合って欲しいのだけど……」



「はい。大丈夫ですけど……」



「ありがとう。じゃあ行きましょ」



雪村先輩は会計を済ませ、外に出た。私も後を追っていく。

どこに行くのかなと思っていると雪村先輩は私の隣に来て、指を絡めてきた。所謂恋人繋ぎである。



「いいでしょ?今日は恋人ってことなんだし」



「は、はい……」



恥ずかしくて俯いていると雪村先輩はクスッと笑っている。本当にずるい人。深川先輩とは違う魅力があるし、二人ともずるい人だ。深川先輩も雪村先輩も。



故に私は疑問だった。どうして私なんかを好きになってくれたのか……分からなくて不安だ。深川先輩は聞いたけど雪村先輩はどんな理由なのか分からない。

私は雪村先輩の横顔を見つめながら、



「……雪村先輩はどうして私のこと好きなんですか?」



聞いてみた。すると雪村先輩はこちらを振り向き、驚いた表情を見せた。

しかし、すぐに真剣な顔になり、私と目を合わせた。

そして、ゆっくりと口を開いた。



「自分で言うのもなんだけど、私って完璧で美人で人気者なの」



確かにそうだ。雪村先輩ほど完璧な人はそういないだろう。それぐらい綺麗だし、頭も良いし、運動神経抜群で性格もいい。欠点なんて一つもない。



「だからね、昔から周りにちやほやされてばかりだったの。でも、私はちっとも嬉しくなかったわ。皆が寄ってくるのは私が"優等生の雪村真白"だからで、本当の私を見てくれている訳じゃないって思ってたの。だから私はいつも仮面を被ってたわ。演技をして、無理して笑ってたわ。でも、唯一、奏だけは違ったの。奏は私を一人の人間として見てくれたことが嬉しかったの」



ここだけ聞くと私に恋する要素皆無では?どっちかと言うと深川先輩の方が好きになるような気もするが……



「奏はね、親友なの。そこに恋愛感情は無いし、これからもする気は一切無い。だって、あの子は私の親友であり、ライバルでもあるから。そんな子に対して恋心を抱くなんて有り得ないわ」



「ライバル……ですか」



ライバル。二人の関係を表すにはぴったりの言葉だと思った。



「ええ。それでそんなある時、私と奏で文芸部を作ったの。最初は二人で本を読んだり、感想を言い合ったりしていたわ。その時が一番楽しかった。でも、それも長く続かなかった。春に菜乃花ちゃんが入部してきた時、やる気のない部員が沢山入部してきて、鬱陶しいことこの上なかった。真面目に部活をするのならともかく、ふざけたり、サボったりで迷惑極まりなかったし、挙げ句の果てには私の書いた小説を媚びた声で褒めて来たり……」



うーん……確かにあの頃は酷かったなぁ。私もあの頃は隅っこで小さくなってた気がする。



「だからね、私あいつらの書いた小説を酷評したの。といっても本当に面白かったら素直に褒るつもりでいたのよ?でも、奏の小説より面白くないわ、誤字脱字だらけだわ、表現力が無いわ、語彙力が足りないわ、文章構成が悪いわ……って、とにかく酷いものだったのよ。だから私は優しくアドバイスをしたつもりよ……つもりなのに言い方がきついって泣かれて退部されちゃったわ。他の子も同じ。私に批判されるとすぐ泣いて辞めていったわ。批判されたくないのなら面白い小説を書いてこいって言いたかったけどね」



うん、あの時の雪村先輩は怖かったけど、冷静に聞いたらいいアドバイスだったのにねぇ……とは思う。



「だからさ、菜乃花ちゃんが書いてた小説も酷評したじゃない…?」



「あ、はい。あの時は参考にさせて頂きました」



そうなのだ。私はあの出来事があったからこそ、納得できたし、書くことができた。雪村先輩には感謝しているのだ。



「別に酷評していることに後悔もなければ、反省するつもりも無いけどね。だってそれが事実だし。でも、菜乃花ちゃんはみんなみたいに泣き出しても来ないし、怒ることもなかったよね。寧ろ冷静に私の批評を聞いていたし。こんなこと初めてで、凄く驚いたけど、それ以上に興味深かったのよ。だって今までの人達は泣くか、逆ギレしてくるか、黙るかの三択でしかないもの。それからよ、菜乃花ちゃんが気になり出したの」



そう言うと雪村先輩は私の頭を撫でて笑みを浮かべた。



「私、菜乃花ちゃんのこと好きよ、大好き。どうか私を選んで?あなたを幸せにする自信はあるわ」 



その言葉で私の顔は熱くなった。心臓が激しく脈打ち、息が苦しくなる。だけど私は答えなければいけないんだ。自分の気持ちをしっかりと伝えないと雪村先輩にも深川先輩にも失礼だから……



「といっても今は返事しなくても大丈夫よ?私は待てるわ。いつまでも。この気持ちが変わることはないから」



そう、雪村先輩の瞳は輝いていた。それは嘘偽りの無い本当の想いだと分かったからどうしようもなく罪悪感に苛まれたのだった。

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