NIGHT OF FIRE 後

「よしよしよしよし、行け、行け、行け!」

「……ッッッ」


 無人の幽霊自動車、ストーリアX4を追う私のFTOではありましたが、減速後の立ち上がりはFTOが有利。しかし、すぐに向こうは火が付いたような猛烈な加速を見せてFTOを引き離しにかかります。


 これは過給機を搭載していない自然吸気式のFTOに対し、ストーリアX4は強力なターボを搭載しているための挙動と思われました。

 その代償というべきか、ストーリアX4は低速のトルクは細く、それが立ち上がりの遅さの原因なのでしょう。


 つまり幽霊自動車といえど、実際の車の挙動を模しているのか?

 その理屈は今考えてみると色々と考えは思い浮かびますが、当時の私にとっては実際の車と同じ挙動をするのならば戦いようはあると恐怖の中で立ち消えそうになる闘志の炎に細やかな燃料として自らを奮い立たせるくらいの事しかできませんでした。


「ああ!! もう!! ブレーキが早えよ!!」

「しゃあねぇだろ!? こっちはFF、向こうは4WDなんだ!!」


 普段はまったく気にならないのに、その時ばかりは焦れったいくらいにゆっくりと回転数を上げていくFTOのエンジンがその本領を発揮し、ストーリアとの距離を縮めだしたかと思ったら、再びカーブ。


 すでに私もやる気になっていたとはいえ、向こうは幽霊、こちらは生きている人間。

 どうしてもこちらのブレーキは安全を考慮したものとならざるをえません。


 いや、向こうは生きている時からこんな運転をしていたのか?

 そりゃ幽霊になるだろうよ!


 私は目の前を走る幽霊自動車に、そして隣で変なクスリでもキメているかのようにがなり立てるサイトウさんに心の中で悪態をつきながら最小限の減速を狙ってコーナーを攻めます。


「クソっ! こんなんだったらタイヤを新品にしとくんだったよ!!」


 私のFTOのタイヤは個人経営の中古車屋のオヤジが「普通に走る分ならもう一夏くらいいけるよ~」なんて言っていたので買った時のまま。


 それがグリップに影響しているのか?

 キリキリと泣き声を上げるタイヤに肝を冷やしながら私は震えるハンドルを右腕1本で必死にコントロールします。


 普段だったらしっかりと両手で保持しておくところですが、私の左手は慣れないスポーツ走行という事もあって、シフトレバーを握り込んだまま。


 ですが恐怖に耐えながら必死でFTOを操作した甲斐もあってか、コーナーをストーリアからやや遅れて入ったものの、私は外側、抜くのに良い位置を取る事ができていました。


 向こうの出足の鈍さを考えればここはチャンス。


 自分史上最高レベルのシフトチェンジでギアをセカンドからサードへと放り込んで、床板を踏み抜かんばかりにアクセルをベタ踏み。


 少しばかりタイヤが空転したような感触こそあったもののFTOは一気に加速してストーリアを抜き去ろうとしたものの、ストーリアはこちらへ思い切り幅寄せしてきたのです。


「あ~!! ずっっっるぅ!! こんなんアリかよ!?」

「クソが! ナシだろ、おい!?」


 そりゃあ向こうは幽霊なんだから車の修理費用だとか、怪我の心配なんかしなくても良いのかもしれませんが、自分を抜こうという相手を幅寄せして妨害なんて性格の悪さが滲み出ているようでした。


 案外、サイトウさんとこのお師匠さんやらお寺のお坊さんが「取り付く島がない」なんて言っているのは、向こうの極端な性格の悪さが影響していたのかもしれません。


 とはいえ私は反射的にアクセルから足を離してブレーキを踏んでしまっていました。

 ブレーキを思い切り踏んで、その場で止まってしまわなかっただけ自分を褒めてやりたかったくらいです。


 ですが折角のチャンスを棒に振ってしまったのも事実。


 先行するストーリアは私を嘲笑うかのように軽く蛇行運転した後に速度を上げていき、現代ではほとんど姿を消してしまったドッカンターボ特有の伸びていくような強力な加速を見せつけてきます。


 そのまま私たちは数度のコーナーを越えても状況は変わらず、そうなると気になってくるのがゴールはどこなのかという事。


 すでに××峠は半ばを越え、そろそろ終わりが見えてくるという辺り。

 祟りだか呪いだか、どういう呼び名が正しいのかはサッパリ分かりませんが、幽霊自動車に抜かれたら、あるいは負けたら霊障にあうのだとして、その勝敗はどの地点で決まるというのでしょう?


 もしかして〇〇県の地元の走り屋連中だったら常識のようになっている“どこからどこまで”といったコース的なものがあるのかもしれませんが、生憎と私はそのような事は知りません。


 とりあえずは目の前に敵がいると必死でストーリアを追いすがっていましたが、先ほどからずっと同じ事の繰り返し、心が焦れるばかりで幾度アタックを繰り返してもストーリアを抜く事はできていません。


 焦れる心は焦りとなり、小石を踏んで車体が跳ねたり、ガードレールにぶつかりそうになっては冷や汗をかくという事の繰り返し。


 少し前からサイトウさんは急に静かになっていましたが、すでに性悪ストーリアに勝つ事を諦めてしまっていたのか。

 でも私としては散々に煽り散らかされて、このまま引き下がって負けを認めるような気にもなれませんでした。


 その時でした。


 不思議な違和感が私の頭脳の中に浮かび上がってきたのです。


 すでに私とストーリアは次のカーブへとさしかかろうとしていたのですが、ハンドルを握る私の手はコーナーの内側へとFTOを向かわせていました。


 これまでのアタックではストーリアの外側を狙っていたのに、今度ばかりは何故か内側を。


 自分でも違和感を感じるほどに、自分の手が勝手に動いているかのような。


 勝手に動いているのはハンドルを握る右手だけではありませんでした。


 何故、ブレーキを踏まない? そう思っても私の右脚はアクセルから離れずコーナーへ突入。

 曲がりきれない!? その段階に至って私の右脚はアクセルから離れて、その瞬間に車体は急激にコーナーに沿うように曲がり、もう十分に車体は曲がったというタイミングで私はシフト・ダウンとともに一気にアクセルを踏み込んでいたのです。


「タック・イン……!?」


 私は私の体が繰り出した技を思わず叫んでいました。


 FF車特有の挙動を活かしたドライビングテクニック。

 その技の存在は私も知ってはいましたが、それはテレビゲームの中での話で、リアルにタック・インをやった事などこれまで一度たりとてなかったのです。


「へぇ……。やるじゃん……」

「…………」


 先ほどまでギャーギャー騒いでいたサイトウさんが久しぶりに口を開いたかと思えば、随分と冷めた声で絞り出すような声で呟きました。


 私は彼女に自分の身に起きた不可解な現象に対して助けを求めるように顔を助手席へと向けようとしましたが、やはり自分でも意図していないのに私の顔は正面へと直っていきます。


 そして再び強烈な光で照らされるバックミラー。

 私のFTOには前を走る車はいません。


 先ほどのタックインでストーリアを抜いていたようです。


 向こうの苛立ちがそのまま閃光となったパッシングに目をやられそうになりながらも私の体はそのまま勝手にFTOを走らせ、その次のカーブではFF車でのドリフト、通称Fドリを繰り出してストーリアの反撃を躱していました。

 当然、Fドリだって私はこれまでやった事ありませんでしたし、この技に至っては私はやり方すら知らなかったのです。


 それからしばらく私の体は車を走らせ続けていましたが、私の脳はこれも不思議な事に自分の体が勝手に動くという事に驚愕こそしていましたが意外な事に恐怖はあまり感じていなかったのです。


 いつしか、いえ、いつの間にかバックミラーが後続車のヘッドライトを反射しなくなった事に気付いた私が後ろをみやるとストーリアの姿は消えていて、私の体はシームレスに自由を取り戻していたのです。


 私はこれまでの事に半ば茫然自失になりかけながら愛車を走らせ続け、やがて道の駅が見えてきた頃になってようやく我を取り戻して、そこで休憩を取る事にしました。


 道の駅の駐車場にFTOを入れ、エンジンを切っても私は溜め息を吐くばかりで、サイトウさんは黙って車を降りて自販機で缶コーヒーを買ってきてくれたのです。


 私も車を降りて愛車を眺めながら甘いコーヒーを啜っていると、隣に立つサイトウさんがニタリと笑って話しかけてきました。


「何が役に立つもんか分かったもんじゃねぇなぁ……」

「……何が?」

「オメーが前のオーナーの霊が憑いた車に乗ってきた時はどうしたもんかと思ったけどな」

「ああ、なるほどね」


 その言葉を聞いても私は驚くというよりも、むしろストンと腑に落ちたといった感覚を味わっていました。


 ファミレスで再会した時のサイトウさんの私の愛車を見て驚いていた反応。

 そして自分の体が勝手に動いて、ゲームの中でしかやった事の無い技を、やり方すら知らない技を的確に繰り出したという事。


「あんまり下手クソだから見かねて助けてくれたって事かね?」






 それからしばらく、私の自宅に2通の現金書留が届きました。


 1通はサイトウさんから。そこには当初の約束の5倍の金額が入っていて、もう1通はサイトウさんの御師匠さんからで「迷惑料」という名目でサイトウさんからのものと同額が入っていたのです。


 それだけの金額を払えるという事は今回の事件の被害者の御祓いも上手くいったのだろうと私は気を良くして愛車のために新しいタイヤを買わせてもらう事にしたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る