第4夜 NIGHT OF FIRE 前
「ザッシュ、オメーさ、今、スポーツカーに乗ってんだって?」
それは私が社会人になった年の事、ええ、そうなんです。「令和怪談」なんてタイトルなのに今回の話も平成時代の話なんです。
地元で就職した私は日常の業務にも慣れ始め、夏の繁忙期も乗り越えて季節が秋の様相を呈していた頃の事。
私のケータイに見慣れぬ番号から着信が入り、誰からだろうと思いながら出てみると少し鼻にかかったような声なのにハスっぽい話方をする女性の声が聞こえてきました。
それだけで私は高校の時のクラスメイトであったサイトウさんであると分かり、日頃の仕事で溜まった疲れも一気に吹き飛ぶほどに嬉しくなったのをよく覚えています。
仲の良かった友人からの久方ぶりの連絡、彼女のケータイの番号が変わったのも知らなかったくらいなのに現金なものです。
今の若い人には分かりにくいかもしれませんが、昔はケータイを水没させてしまった時なんか電話帳のデータをクラウドなんかに入れているわけでもないので簡単には復旧できなかったわけです。
そのタイミングでキャリアを変更なんてしてしまうと、向こうの番号も分からないのにこっちの番号も変わってしまって音信不通なんて事も良くあったわけですね。
ですが、互いの近況報告もそこそこに切り上げてサイトウさんが言った言葉が冒頭のものでした。
「お、おう。そうだけど……?」
サイトウさんが誰から聞いたのかは分かりませんが、事実、彼女が言うように当時、私は中古のスポーツカーに乗っていたのです。
ですが、それは私にとっては意外な事なのです。
その頃はもう21世紀になっていて、バブル崩壊後の不況も長引いて男の価値を乗っている車で図るような雰囲気もだいぶ薄れてきたような頃なのに。
いえ、それ以上に私がスポーツカーに乗っているからって興味を持って連絡を取ってくるような軽薄な女性像が、私の中でのサイトウさんのイメージとはまるで正反対のものだったからです。
彼女は生まれ持った霊能力が故に高校卒業後は知り合いの霊能力者の元に弟子入りするという特殊な進路を辿っていた事もあって、なんというか私の中では浮世離れしたイメージとなっていたのです。
「そら良かった。ちょっとバイトを頼みたいんだけど、今日の夜にでも会えないか?」
「バイトぉ?」
「そんな雇用契約結ぶようなもんでもないから会社にはバレねぇよ。そうだな、謝礼金とでも思ってくれれば」
「ああ、そういう事なら……」
まあ、前回の「第3夜」で分かっている方もいらっしゃるかもしれませんが、私は昔からこういう所得税とか取られない感じのお仕事が大好きで、その時の仕事を辞めた後に自衛隊に入ったのも取られた分の税金を取り返しにいこうってくらいなもんでして、私はほぼ2つ返事で彼女の提案に頷いていました。
ですが私は、彼女が誤解していたような軽薄な女性ではなかった事にホッとしつつも、スポーツカーが必要な仕事とは何ぞ? という疑問の気持ちがふつふつと胸の中で湧き上がっていたのです。
結局、その時は「詳しい話は会った時に」という言葉で押し切られ、私の仕事のサビ残後にも開いているようなお店として職場近くのファミレスで待ち合わせをして通話は終わりました。
さて仕事上がりに待ち合わせのファミレスへと向かうと、すでに彼女は店の入り口近くで私を待っていました。
バイトとやらに車が必要という話だったので、私は愛車が彼女のお眼鏡にかなうものなのか見てもらうため、彼女の近くの駐車場に車を止めました。
車から降りた時にはもう彼女は私に気付いていて、こちらに向かって歩いていました。
「よう! 久しぶり!」
「え? あ、ええ? ……お、おう久しぶり」
「うん? どうかした?」
「……いや、意外とカッコいい車に乗ってんなって……」
私が声をかけると、何故か彼女は口をポカンと半開きにして驚いていましたがさもありなんといったところでしょうか?
当時の私の愛車は三菱のFTO。
いわゆる純然たるスポーツカーではなくスペシャリティーカーと呼びべき代物ではありましたが、それでも2ドアのクーペはいかにもといったケレン味の強い車です。
実際、私の愛車FTOは最高出力200馬力を発揮するMIVECエンジン搭載の最上位グレードではありませんでしたが、それでも2,000ccクラスながらV型6気筒エンジンを搭載し、初期型からマイナーチェンジで僅かながらパワーアップを果たしてカタログスペックで180馬力というもの。
前のオーナーさんが交換してくれたのであろう真っ赤なレカロシートに座り、V6エンジンのサウンドを聞きながら硬めのサスの感触を楽しんでいれば、気分はすっかりレーサーって具合で当時の私は随分とこの車を気に入っておりました。
もしサイトウさんが自動車に詳しかったのであればFTOがインプレッサWRXやランエボ、RX-7やスカイラインGT-Rのようなそれぞれのジャンルで一級品と呼ばれるようなスポーツカーとは比肩すべきものではない物でない事に気付いたのかもしれませんが、彼女は真っ白なFTOを見て驚き目をパチクリさせる事しきり。
私の愛車を見て驚くサイトウさんを見て、高校の時のオタク趣味のイメージからは想像もつかなかったのだろうかと気を良くして話を続けました。
「だろ~! もう生産終了した車だからか知らんけど、意外とお値打ち価格だったんだよな~! まあ、それでもローンだけど……」
「へ、へぇ~……」
「まっ、話は中でメシでも食いながらにしようぜ?」
旧友と再会した懐かしさから陽気になってはいましたが、それでもその日は2時間ほどのサビ残をこなした後、とっとと中に入って座りたくなっていた私は何故サイトウさんがスポーツカーを必要としていたのかも聞かないままファミレスの店内に彼女を誘いました。
「ところでザッシュは××峠って知ってるか?」
「ああ、〇〇県の? あ~……、△△市に遊びに行くときは高速使うから行った事はないな」
〇〇県は私が住んでいる県の隣県。△△市は○○県の県庁所在地だと思ってください。
そして××峠とは、〇〇県の中心部からやや東寄りの場所にある峠の事です。
「もしかして、そっち系、いわゆる心霊とかオカルト関係の話?」
「そらあ私が謝礼金出すってくらいなんだからそっち系よ。まあオカルト呼ばわりはどうかと思うけど、心霊系の話だ」
「あん? そんなん俺は役に立たんだろ?」
私が極端に霊感の弱い、いわゆる零感体質であると言ったのは他の誰でもない高校時代のサイトウさん自身なのです。
料理を注文し、ドリンクバーから飲み物を取ってきた後で早速、サイトウさんは本題に入りましたが、私は自分がいても彼女の役には立てないのではないかと危惧していました。
サイトウさんは目付きがキツく、肌も地黒で美人とは言い難い女性ではありましたが、それでも私自身がサルみたいな若者であった時代の事ですから、若干の下心に虚栄心も合わせて何か仕事を貰うにしても、それは小銭を恵まれるような事ではなく、しっかりと彼女の役に立ちたいと思っていましたし、そうでなく役立たずだと思われるような可能性があるのなら、仮にボロい仕事でも受けたくはなかったのです。
「ん~、たぶん大丈夫じゃねぇかなって思ってんだ」
「……それはそれで大丈夫か?」
「第1夜」でも書いたように、私は高校時代、サイトウさんから「ザッシュは霊感なんてほとんど無いから、お前に知覚できるような霊なんてよっぽど力が強いか、よっぽどお前に強い恨みを持っているかだ」とも言われていました。
役に立たないと思われるのは嫌ですが、それでも私が役に立つ霊現象とは、それは即ち向こうの力が強いという事でもあり、それもまた不安になる事です。
「まあ、とりあえず話を聞いてくれよ。これは私らで把握してる限りの話なんだが……」
「私“ら”……?」
「ああ。ウチの師匠と、その師匠筋で」
彼女は話をしながら大きめのハンドバッグから1冊のファイルを取り出しました。
ファイル自体は百均で売っているような味気ない青色のものでしたが、中を開いてみると、そこにはまるで警察の捜査資料を思わせるような書き込みのされた地図やら写真やら文章が。
その中でも特に私の気を引いたのは数枚の写真でした。
「スープラに、ランエボの……Ⅴか? こっちはシルビアで、いやシルエイティかよ、ハハ、すっげ!」
「ハズレ。
「そうだろうけど、その
写真の内の幾つかは3種類の自動車を様々な角度から撮ったもので、いずれも当時、2000年代前半には若者たちに人気のあった車種です。
TOYOTA製4代目スープラに、三菱ランサー・エボリューションⅤ、そして顔面スワップ済みの日産180SX。
最初はシルビアと180SXの2車種あるのかとも思いましたが、どうやらそれは同じ車を前から撮ったものはシルビアのフロントマスクゆえにシルビアに見え、後ろから撮ったものは180SXのロゴが見えたために180SXだと思ったようです。
ですが色が同じですし、フロントの右半分がごっそりと潰れた所が後ろからの写真でもひしゃげた所が見えたためにすぐに私はそれが同じ車を角度を変えて写したものだと気付いたのでした。
その前面が潰れた180SXの写真を見ながら私は、もともとリトラクタブル・ヘッドランプ機構を搭載しているが故に前面を事故った時の修理費が高くなってしまい、そのために兄弟車のシルビアの顔面を移植したのがシルエイティの始まりだという逸話を思い出してオタク心をくすぐられ、によによと薄ら笑いを浮かべていたくらいなのですが、その様子を見たサイトウさんの言葉ですぐに私の顔はサーっと冷めていきました。
「その事故でドライバーは死んだんだけどな」
「……マジ?」
確かにシルエイティの潰れ方は尋常ではなく、顔面移植で修理どころか、被害は運転席まで及んでいるようなものでした。
「え……? それじゃ、こっちのスープラとランエボのドライバーも……?」
「いや、そっちのドライバーは生きてるよ」
そちらの2車種には事故の形跡はありませんでしたが、心霊現象絡みの話だと聞いた後です。
そう疑っても無理はない事でしょう。
「ただしスープラの方のドライバーはウチの師匠んトコに駆けこんできたし、ランエボの方のドライバーは檻の付いた病院行きで、その同乗者は近くの寺に助けを求めに行ったらしく、そこから師匠のトコに話が回ってきた感じ」
「マジかよ……」
「で、180SX? シルエイティ? の同乗者は事故後しばらくして首を括っちゃったみたいなんだけど、その前に親御さんに不可解な出来事の話をして、娘の敵討ちのつもりなのか、ウチの同業者に話を持っていって、後は横の繋がりでってところかな」
「Oh……」
事故と自殺と原因は違うとはいえ、2名の死者が出ているというのです。
しかもサイトウさんも、彼女が師事する師匠さんとやらも別に警察組織のような捜査能力があるわけでもなく、全ては彼女が言うように「私らが把握してる限りでの話」に過ぎません。他に何人の犠牲者がいるのか検討もつきませんでした。
「で、何があったってんだ? ええと、××峠で? あ、あとスポーツカーってのも条件なのか?」
「多分な。場所と、物と、後の条件としては時間も関係しているじゃないかと睨んでいる」
食事という雰囲気でもありませんでしたから私たちは運ばれてきた料理をテーブルの隅に追いやり、代わりにテーブルに広げたファイルの地図や文書の書き込みを元にサイトウさんは説明してくれました。
3件の怪奇現象の発端はいずれもその年に入ってからであり、彼女がいうようにいずれも深夜帯の時刻が書き込まれておりました。
「なんでも証言によると、いずれも深夜の××峠を走っていると、無人の自動車に煽られ、追いかけ回されたってんだ」
「無人?」
「なんでもお前の車や、このランエボみたいな真っ赤なシートばかり見えてドライバーの姿は見えなかったってよ」
確かにランエボの写真には私のFTOと同じくレカロ社のシートが装備されていました。一方、スープラはノーマルのような形状のシートで、シルエイティは社外品らしいシートでしたが色は黒。
「で、被害者たちも最初はスポーツカー乗ってるくらいだから煽られても張り合ってたみたいなんだけど、煽ってくる車が誰も乗っていないって気付いてからはビビってしまって、道中でシルエイティは事故り、スープラとランエボは追い抜かれてしまったみたいなんだ……」
「ようするにサイトウさんは『煽られて』なんて言ってるけど、勝負挑まれて、それに乗ったって事かね?」
「だろうなぁ。師匠とかんとこに来た時には被害者は殊勝な口ぶりになってるから、そうとは言わなかったんだろうけど」
“峠”で“走り屋”。
私は当時、流行っていたとあるマンガを思い出していました。
ですが、そのマンガの舞台となる日光はいろは坂のような上り専用道、下り専用道なんてものが東北のド田舎にあるわけもなく、よくもまあそんな危険な真似ができるものだと私は溜め息をつきました。
「途中で事故ったシルエイティはともかく、残りの2輌は追い抜かれても、その場では何も無かったみたいなんだけど、それから徐々におかしな事が起こり始めたみたいなんだ」
「というと?」
「常に悪意の籠った視線を感じたり、毎夜のように金縛りにあったり、夢で峠で煽ってきた車に引き殺される夢を見たり」
「ああ、そういうわけでサイトウさんのお師匠さんとこに」
無人の自動車、走り屋の霊というのはどこまで一般的な話かは分かりかねますが、その後の展開はよくある話です。
「ん? でも、それなら今さら何だってんだ? もっとも新しい3件目のシルエイティの2人はもう死んでるし、2件目のスープラのドライバーがお師匠さんとこに駆けこんできてからもう2ヵ月近く経ってるじゃない?」
「……まだ終わってないんだ」
私はてっきり被害者が祓い屋だか拝み屋だか知りませんが、その手の霊能力者の元に駆けこんだなら、すぐに除霊をして一件落着なのだと思っていたのですが、事はそう単純ではなさそうなのです。
「いや~、何ていうの? 尻尾が掴めないっていうか、いや、霊による障りだなってのは分かるんだよ? でも、向こうはこっちの話を話をクソも聞く気が無いし、そもそも向こうの正体すら分かんねぇしって事で……」
「うん?」
「だったら直接、現場に行ってみようぜって思ってな! オメーがスポーツカー持ってるっていうし、××峠に、例の無人の自動車が出るって時間に!」
(あとがき)
第4夜は全3回の予定です。
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