第三夜 沖縄の離島、とある一族の怪 起

 お久ぶりです。

 私、「小説家になろう」や「カクヨム」などに自作の小説を投稿しているザッシュ・ザ・ダーティーブラッドです。


 今回は最初、皆様に謝らなければならない事があるんです。


 ええ、そうなんです。


「雑種犬の令和怪談」なんてタイトルでやらせてもらっているんですが、そんなに令和になってからの話なんてタマ数があるわけもなく、今回は平成時代の話なんですよ。


 まあ、おいおい良いタイトルを考え付いたら改題しときますんで、その辺は平に御容赦願います。




 これは今から10年以上も前の事なので第二夜の時と違って正確な日時は分からないのですが、パチンコで「CR神魂合体ゴーダンナー」を打っていた記憶があるので恐らくは2010年の事でしょう。


「なんでいきなりパチンコの話なんだよ!?」と思われる方もいるかもしれませんが、今回の導入に係わる事ですんで、これから説明していこうと思います。


 私が二十代中頃であった頃。

 最初に就職した会社をとある理由で数年で退職した私は、市の広報誌に載っていた自衛隊の新隊員募集を見て、これ幸いと再就職先として航空自衛隊に入隊していました。


 もとよりミリオタ趣味のあった私の事ですから入隊直後のキツい新隊員教育課程もそれなりに楽しみながら修了。


 そして配属されたのが沖縄県の那覇基地。


 初めて那覇に降り立った時の事は今も憶えています。


 時期はもう10月。

 それまで新隊員教育課程を受けていた山口県の防府市ですら最初は暑さに辟易していたものの、その頃となればだいぶ涼しくなっていて、朝晩なんかは肌寒く感じるようになっていたというのにJAL機から降りた直後に実感してしまうほどに那覇の暑さはこれまた別格であったのです。


 俗に「沖縄は気温が高くとも湿度はそんなにないから意外と過ごし易い」だなんて言いますが、そんなの嘘です。


 特に那覇なんてコンクリートやらアスファルトだらけ。

 それが南国の日光で熱せられて、それが海からの風でまるでドライヤーのような熱風を作り出すのですからたまりません。


 おまけにちょいちょい短時間のゲリラ豪雨に見舞われやすい気候ですから、雨雲が通り過ぎた後は再び太陽が地表を熱して湿度が高くなってしまい、とても「カラッとしている」なんて言えるわけがありません。


 まあ気候の厳しさに辟易させられっぱなしの沖縄生活でありましたが、それでも職場の先輩にも恵まれ、私はそのまま沖縄で数年間を過ごす事となりました。




 そして2010年の夏。

 たぶん7月の事だったんじゃないかと思います。


 私はその日、2人の友人と那覇市内のパチンコ店へと来ていました。


 というのも、その2人が私に「パチンコとやらの打ち方を教えてくれ」と言い出したからなのです。


 ここでは仮名として2人の事はマイクとエドとでもしておきましょう。


 ええ、そうなんです。

 彼らは日本人ではありません。

 2人はアメリカ空軍所属の米兵でした。


 以前に米軍基地が会場を提供して行われた知的障害者を対象としたスポーツ大会があったのですが、友好的な関係の同業他社がイベントをやるという事で航空自衛隊からも大会運営のボランティアが募られて、そこに私も参加した事があったのです。


 その会場でマイクとエドの2人がアニメグッズを使っているのを見て、2人も私の視線に気付いたのが私と2人の友人関係の切っ掛けでありました。


 日本人の良い大人なら、そんな目立つような場所でアニメグッズなんて使わないのでしょうが、アメリカ人らしく自己主張の強い2人はなんの恥ずかし気もなくそういう物を使用し、それに気付いた私にぐいぐい話を振ってくるといった具合。


 当時の私は職場の先輩方には恵まれていたものの、平均年齢の高い職場であったがために友人関係と呼べるようなものはほぼ無く、かえって2人の押しの強さは今思い返せば強い懐かしさすら感じてしまうほどに嬉しいものであったのかもしれません。


 私も2人もそんな感じでオタク趣味のある者たちで、3人の間で出る話題といえば「今度、那覇に行くからアニ〇イトの場所を教えてよ!」だの「このモン〇ンフロンティアって、どんくらいのグラボ用意すればいい?」とか、そんなオタクっぽい話題ばかりであったのですが、ある時に2人が「ザッシュ君、パチンコってヤツの打ち方を教えてくれよ!」と言ってきたので私も「なんでまた?」と驚いたのを覚えております。


「……クニに帰ってからラスベガスにでも行った方がよっぽど有意義なんじゃないの?」

「ベガスにゃ『エ〇ァンゲリオン』のギャンブル台なんて無いんだよね!」

「ああ。なるほどね」

「他にも『トッ〇をねらえ!』とか『BL〇〇D+』とかあるんでしょ?」

「あ~……。ブラプラの今あるのはスロットの方なんだけど、俺はスロットの方はよく分かんねぇわ」


 なんて事はない。2人が急にパチンコの事を言いだしたのはアニメとのタイアップ台が目当てのようでした。


 らしいと言えばらしいと言えるのですが、それでも当時は既に日本国内でギャンブル依存症の問題について取り沙汰されていた頃です。


 私は外国人の友人を悪所へ連れていく事にどうも気乗りしなかったのですが、2人はそんな事などお構いなしに話を進めていきました。


「うん、それじゃパチンコの方だけでもいいよ。それじゃ行こう、行こう!」

「……え、今から?」

「日本じゃ『善は急げ』って言葉があるじゃない?」


 3人の行きつけのアニ〇イト帰りの車の中、ハンドルを握るマイクはすでにお目当ての店があったのかハンドルを切ります。


 白人というにはいささか日に焼けて赤く色の付いたマイクがチラリと人懐っこい笑みを私に向けました。


 マイクは白人という事もあってか私以上に体質的に沖縄が合わないらしく、2月3月の沖縄の短い冬の季節でもイチゴ味のかき氷のようにあちこち赤くしていたものです。


 一方のエドはそんな火傷ヤケドなんだか日焼けなんだかワケ分からん状態とは無縁の黒人だったのですが、彼は彼でその肥満体故にいつも汗だくでこちらも沖縄はキツい様子。


 よくガッチリとした格闘家を形容する言葉に「筋肉の上に脂肪が乗った」なんて言いますが、エドの場合はそれなのか、それともただの固太りなのか判断に付きかねるような体形の持ち主でした。


 マイクのワゴンRはだいぶ型落ちで、外は那覇の酷暑に中は大の男が3人という過酷な使用環境にエアコンは明らかに能力不足。


 そんな感じで空調の効いたパチンコ店に入った時はそこがまるでこの世の天国かのように感じたものです。


 ですが私は忘れていました。

 地獄とは仮初の天国のような外見をしているという事を。

 ………………

 …………

 ……




「……なんぼ負けた?」

「3万円。出たのも全部持ってかれちゃった……」

「5万。ザッシュ君は?」

「4万2千ってとこ」


 夕方近く、私たち3人はパチンコ屋の休憩コーナーで項垂れていました。


 パチンコ店に来てすぐは私も2人に撃ち方を説明しなければならなかったのですが、そもそもパチンコにそんな複雑な操作が必要なわけもなく、すぐに私も好きだったアニメの台「CR神魂合体ゴーダンナー」を見付けて打ち始め、3人揃って討ち死にという有様となっていたのです。


 マイクとエドの2人は予定通りにお目当ての「エ〇ァ」の台に座り、マイクは打ち始めてすぐに確変大当たりを出し、それから数連チャンしたようなのですが、そこから先は鳴かず飛ばず。

 出た玉も全て飲まれて、そこからさらに現金を投入してから休憩所へフラフラとやってきた所で3人が揃いました。


 エドにいたっては1度も大当たりを引けず、休憩所のベンチに座って肩どころか頭までがっくりと落としています。


 よく見てみると大きな体は小刻みにプルプルと震えていて、横目で見る彼の表情は目を大きく見開いているくらいで、仮に「アメリカとロシアの戦争が始まった」と聞いてもこんな顔はしないのではないかと思ってしまうほどでした。


 私は私で大当たりを引けずにエドと同じタイミングで打つのを止めていたのですが、まあ4万負けは痛いには痛いですがパチンコなんてやっていればそのくらい幾らでも経験があるのでそこまでダメージはありません。


 リアクションの大きな米国人が初めて打つパチンコで大負けしてヘコむ所を見ていたせいで、逆に自分は冷めてしまったというところだったのでしょう。


 そんなわけで私は自分自身も大負けしていながら、内心では「2人が立ち直るのにどれくらいかかるかな?」とか「まだちょっと早いけど、2人が持ち直したらメシにでも行こうか?」などと考えていました。


 ですが、そんな私には1つ気になっていた事があったのです。


 その店の休憩スペースは自動ドアで外部から切り離された1つの部屋だったのですが、先ほどマイクよりも後に入ってきた中年男性が幾度となくチラチラとこちらを見ているような気がしていたのです。


 その中年男性は休憩室内をあっちに行ったりこっちに来たり、さりとて自販機で飲み物を買うわけでもなく、本棚に並べられているマンガや雑誌を読むわけでもなし。


 何か腹に一物抱えながら思案しているような表情で何度も私たちに視線を送ってくる中年男性を怪訝に思っても無理はないでしょう。


 もちろんそこは反米軍感情を持つ人もいる沖縄県での事ですから最初はマイクとエドに対して何か思うところがあるのだろうかと思いましたが、男性は人の良さそうな沖縄のおじさんそのもので表情も深刻そうではありましたが、嫌悪感のような色は感じられずに不思議に思っていたのです。


「……あの、ちょっと良いかな?」


 やがて意を決したのか男性は私たち3人へと話しかけてきたのです。


 その時、私たちは私、エド、マイクの並びで座っていたのですが、やはり日本人という事もあって話しかけやすいのか、男性は私の前で腰を落として話しかけてきたのですが、男性の頭頂部からくるタイプのハゲがハッキリと見えるほどに姿勢を低くした男性は私たちを見上げるようにしていました。


「君たち、コテンパンにやられちゃった?」

「見りゃ分かるでしょ?」

「おじさんはどうしたの?」


 随分と馴れ馴れしい男性の口調に私はなんと答えるべきか考えていたのですが、マイクとエドはそんな事などお構いなしに会話に乗っています。


「おっ! さっきから君たちの話を盗み聞きして思ってたんだけど、2人とも日本語が上手いね~!!」


 男性は不自然なほどの満面の笑顔。ですがそのあからさまな作り笑顔はかえって私に不信感を感じさせるほどであったのですが、生憎と友人2人は少し困惑しているぐらいの表情で会話を続けていました。


「まあ、元々こっちに来る前から日本語の勉強してたんで……」

「とはいっても、こっちの人の言葉は未だに良く分かんないですけど……」

「いやいや! そのくらい話せれば充分だよ!」


 男性の態度を考えればその言葉はお世辞混じりのものであったのでしょうが、それを抜きにしても2人の日本語能力は非常に高く、たどたどしいながらもそれなりに敬語を使える事からも男性が2人の日本語を認めているのは本心でしょう。


 それにエドは謙遜して「こっちの人の言葉は分からない」なんて言っていますが、沖縄の年齢の高い人たちの訛りは相当なもので日本人である私だって苦労する事があるのですから、それは2人の日本語力をなんら貶めるものではないと思います。


 そもそも、2人が日本語を話せなければ3人に友人関係が生まれるわけがありません。


 私はビタイチ英語なんて話せないのですから。


 男性は最初こそ日本人の私の前でしゃがみ込んでいたものの、不審とも思えるほどに友好的な態度を訝しんで会話に参加しない私よりもマイクやエドの方を向いて話をしていました。


 後年になって一般化した言葉で考えれば、それがコミュ力の違いといったものであったのでしょう。


「それでなんだけど、3人に話があってさ。とりあえず御飯でも食べにいかない? 奢るよ? 君たち、お酒は飲める?」

「……ご飯!」

「ホント? 奢り、ホント!?」


 それがあからさまな詐欺の導入手段に思われて私は絶句してしまいました。


 パチンコ店から場所を移して食事を奢られたという後ろめたさから何を買わされるのか、それとももっと直接的に奢るというのが嘘でボッタクリ店にでも連れていかれるのか。


 ですがここまで怪しいと詐欺ではないのではないかと思ってしまうから不思議なものです。


 そうでなければ詐欺師のデビュー戦かと思ってしまうほどにあからさまで露骨で、私は詐欺とは別の可能性を模索してしまったほどでした。


「おっさん。俺らのケツでも狙っとるんか?」

「はぇ? いやいやいやいや!! そういうのじゃないから!! 僕は嫁さんいるし、子供だっているから!!」


 不意に私の口から出た言葉に男性は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をして、すぐに色めきだって否定しだします。


「オゥ! ソーリー! ザッシュ君、すごいひねくれてる人なんだよね」

「ゴメンね。でも別におじさんに対してだけじゃないから気にしないでね。こないだも僕の事を『レッドネック』なんて呼んでくるしさ。その内、コイツの事も『ニガー』とか言い出すんじゃないか気が気じゃないんだよ」

「ハハハ! 君たちも大変だね!」


 パチンコでの大負けから、男性に食事を奢ってもらえるという話で急に持ち直した2人はテンションを上げて饒舌になっていました。


 ついには私についての不平まで言い出した2人を宥めるように男性は笑顔で話を聞き、やっと会話に加わってきた私にも顔を向けて2人に向けたのとは少し色の違う笑みを見せたのです。


 それが「まあ、そう思うのも無理はないよね」とでも言わんばかりの包容力すら感じさせる笑顔で、はからずともそれだけで私は自身の中に渦巻いていた不信感が薄れてしまったのでした。





(あとがき)

次回に続きます。

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