心を動かせる力

 あれから紅蓮ぐれんは一度拠点に引き返し、瑞葉みずはと合流した。彼女は御鷹みたかの身にあった出来事を説明し、マグスの集落に赴くことを提案する。事情を知った瑞葉はすぐに了承し、紅蓮とともに集落へと向かった。



 それからしばらくして、二人は愛恋あれんの住む集落に到着した。当然、愛恋はリベリオン・マギを警戒しているため、臨戦態勢で身構えている。紅蓮は深いため息をつき、話を切り出す。

「昨日ここであったことを覚えているか? 愛恋」

「忘れるはずもないね。瑞葉がここを去ったのも、間違いなくそのせいだ」

「……愛恋。オメェはまだ、御鷹のことを信用してやれるか?」

 彼女の話し方は、まるで真実を語ることに抵抗を感じているかのようだった。愛恋は少し迷い、彼女に問う。

「紅蓮。君は……御鷹の身に何があったのかを、知っているのかい?」

 核心をついた質問だ。

「大正解だぜ。オレが汚ぇ嘘をつくような奴じゃねぇと信じるかは、オメェ次第だ。オレは今から、全ての真相を話す」

 紅蓮にとって、これは賭けに等しい。彼女を信じる理由など、愛恋にはほとんどないだろう。

「……とりあえず、話だけでも聞いておくね」

 愛恋は彼女の話を聞くことにした。



――――紅蓮は研究所で聞いた話の全てを語った。



 愛恋は言う。

「君の話を信じよう。君にはそんな嘘をつく必要なんかないし、君には美学がある」

 何はともあれ、彼は御鷹の真相を知った。彼の中で、奏美かなみに対する憎しみが込み上げる。そんな彼に深々と頭を下げ、紅蓮は頼み込む。

「瑞葉のことは、オメェが守ってくれ」

「……頭を上げてよ。君に頼まれなくても、僕はそのつもりだよ」

「すまねぇ……愛恋」

 彼女は頭を上げ、少しばかり悲哀を帯びた眼差しを見せた。愛恋は愛想笑いを浮かべ、彼女に訊ねる。

「やっぱり、御鷹のことが心配かい?」

 無論、紅蓮は人間を敵視している。しかし今の彼女は、まるで彼に心を開いているかのような立ち回りをしている。彼女は答える。

「オレは御鷹のことも敵だとは思っているし、最終的にはぶっ殺すつもりでいる。けどな……アイツを信頼してるだとか、アイツとならわかり合えるとか、そういうのじゃねぇんだ。ただ、あのままじゃ胸糞悪ぃよなって……」

 それが彼女の答えだ。

「君らしい受け答えだね……紅蓮。僕たちは、どうしたら御鷹を救えるのかな……」

「……アイツの信念は、作り物の殺人衝動に負けるほどヤワなモンじゃねぇ。オレは、そう信じてる」

「僕だって、そう信じたいよ。でも……」

 紅蓮とは対照的に、愛恋にはあまり自信が無いようだ。そんな彼の胸倉を掴み上げ、紅蓮は叫ぶ。

「愛恋! オメェは御鷹の相棒じゃねぇのか⁉ 少なくとも、オレの目にはそう見えていたぞ!」

「そ、そうだけど……」

「オメェがアイツを信じてやらねぇでどうすんだ! 誰がアイツを支えてやれるんだ⁉ 言ってみろ!」

 彼女は真剣だ。敵対しているはずの御鷹に対しても、彼女は遺憾なく正義感を発揮する。紅蓮は愛恋を降ろし、話を続ける。

「オメェがいなかったら、瑞葉はずっと組織の操り人形だった。オメェは確かに、アイツの心を動かしたんだ。だから、もし御鷹の心を動かせる奴がいるとしたら……それはオメェだと思うぜ」

「紅蓮……」

「……ひょっとしたら、オレの心もオメェに動かされているのかも知れねぇな。それがオメェの強みだよ、愛恋!」

 彼女はそう言いつつ、ぶっきらぼうな優しさの籠った笑みを浮かべた。愛恋は伏し目になり、無言でうつむいている。そんな彼を労うのは、瑞葉だ。

神無月愛恋かんなづきあれん……一番つらいのは、貴方でしょう? もう少し、弱さを見せても良いのですよ」

 そう言い放った彼女は、愛恋以上に悲しそうな目をしていた。愛恋は感極まり、その場で泣き崩れた。

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