傀儡

 翌日、御鷹みたかは研究所に赴いた。つい先日、彼は殺人衝動に駆られ、罪のないマグスたちを殺めてしまった身だ。当然、彼が奏美かなみに問い詰めたいことは決まっている。

「昨日、俺は俺ではなくなった。俺の理性や本心に反し、俺の体は罪のないマグスを殺し続けたよ。そればかりか、俺は大切なダチまで傷つけた。なあ奏美……アンタ、何か知ってるんじゃないのか?」

 彼が奏美を疑うのは当然だ。何しろ、彼の脳に細工を施した者は、奏美と玲作れいさくしかいないのだ。そして彼は、玲作のことを正義感の強い医師として信頼している。よって、彼が疑うべき相手は、奏美一人に絞られるというわけだ。

「アナタが研究所に戻ってきてくれて良かったよ、御鷹。さあ、先ずはワタシとハグをしようじゃないか」

「とぼけるんじゃねぇ!」

 御鷹は激昂し、机の上に置かれている食事を叩き落した。最大の理解者を傷つけてしまったことの罪悪感と、最大の心の拠り所を失ったことの不安――――二つの感情は交わり合い、彼の心を苛んでいく。


 奏美は淡々と説明を始める。

「以前、アナタにはメタルミストの改善点を伝えたね。だけどアナタはまだ、アップデート内容をメインディッシュまでしか聞かされていない」

「……どういうことだ」

「ワタシの用意したとびきりのデザート……気に入ってくれたかな? ワタシの作ったナノマシンはアナタの思考と生体電流を上書きし、底無しの殺意をもってしてマグスを見境なく殺す機能を持っているんだよ」

 それがあの悲劇の真相である。御鷹は握り拳を机の上に叩きつけ、大声を張り上げる。

「奏美……アンタ!」

 彼はひどく動揺し、怒りに震えている。一方で、奏美は至極冷静だ。

「メタルミストは常にアナタを追尾して動くから、丸腰の状態を維持することでマグスの殺害を防ぐことは出来ない。更にワタシの用意したナノマシンは、アナタが自殺することも全力で阻止してくる。アナタに打つ手はないんだよ……御鷹」

「だったら……今ここで……アンタをぶっ潰す!」

「ワタシを殺したら、アナタの頭からナノマシンを取り出せる人間はいなくなる。そうなればアナタの自我は完全に呑まれ、いずれはバーサーカーとなる。そうなれば、アナタは人間にさえ制御できない大量破壊兵器となるだけだよ」

 彼女は笑っている。その笑みは、悪意に満ちたものではない。彼女はこの瞬間も、己を正しいと信じている様子だ。もはや御鷹は、希望を絶たれたも同然だ。彼は唇を噛みしめ、力なく肩を落とした。


 その時だった。


「話は聞かせてもらったぜ……このサイコパス女!」


 研究室の扉の奥から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。直後、頑丈なはずの扉は勢いよく蹴破られ、その場に紅蓮ぐれんが登場した。奏美は彼女の方に目を遣り、不敵な笑みを浮かべる。

「どうやら真相を知ったことで、アナタは自分が優位に立ったと誤解しているようだね。別に、この件をマグスどもに知られたところで、ワタシは何も困らないよ。だって、ワタシにしか御鷹の殺人衝動を制御することが出来ないんだから」

 そう――――御鷹の脳を支配している奏美は今、圧倒的に優位な立場にいる。真相がどうであれ、御鷹がマグスを殺してしまうことに変わりはない。そんな彼女に対し、紅蓮は不敵な笑みを返す。

「別に、オメェらに手を下すつもりはねぇさ。おかげで、オレとオメェの双方に好都合な筋書きが出来た」

「それは一体、何かな?」

「オレは瑞葉みずはを組織から追放する」

 紅蓮が真相を語れば、瑞葉は普通の子供に戻れる。リベリオン・マギの幹部が減れば、奏美は戦いやすくなる。これは紛れもなく、双方にとって都合の良い話だ。

「また会おうぜ……人格破綻者さんよぉ」

 紅蓮はそう言い残し、研究所を後にした。

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