束の間の夢

御鷹みたか! いつもの君はどうしたんだよ!」

 愛恋あれんは声を張り上げた。彼は肩で呼吸し、御鷹を睨んでいる。御鷹の目元から一筋の涙が滴ったのは、まさにそんな時であった。愛恋は目を疑った。御鷹は本当に泣いているのだろうか、あるいは見間違いだったのか。彼は息を荒げたまま、愛恋の方へと詰め寄っていく。

神無月愛恋かんなづきあれん、危ないです!」

 瑞葉みずははそう叫び、御鷹の全身を凍らせた。遠隔操作されているメタルミストはすぐに火炎放射器となり、自らの使用者を閉じ込めている氷を溶かす。御鷹はすぐに間合いを詰め、愛恋の胸倉を掴んだ。

「うぐっ……み……御鷹……もうやめよう! こんなことをする必要が、一体どこにある⁉」

「愛恋……愛恋……」

 御鷹の動きが止まった。彼は腕が震えており、涙を流している状態だ。

「御……鷹……?」

「俺は……一体……」

 この時、彼は奏美かなみのことを思い出していた。彼女はいつもスキンシップを好み、オキシトシンを発生させていた。御鷹に残されたわずかな理性は、大きな博打に出る。彼は愛恋を降ろし、抱き締めたのだ。御鷹の殺人衝動は、みるみるうちに収まっていく。彼の表情は一度穏やかなものとなり、彼の情緒と共に崩れ始める。

「愛恋、瑞葉……そして皆、本当にすまなかった。俺は……俺は! 俺は罪のないマグスを殺した! 俺には、アンタに信用される資格なんかなかったんだ!」

 それは幸か不幸か、彼は暴走していた時の記憶を保持していた。愛恋は恐る恐る手を伸ばし、彼の背中を優しくさする。

「僕は……君を信じたい。これからも君と釣りをしたいし、星空を見ながら話したい」

「ダメだ……ダメなんだよ。俺はこの集落にいると、またアンタの仲間を殺してしまうかも知れない。俺は、ここに居ちゃいけない人間だ!」

「御鷹……」

「ごめん、愛恋……」

 結局、御鷹はこの日をもって、マグスたちの集落を出ていくことにした。そんな彼の寂しそうな背中を、愛恋は悲哀の交じった眼差しで見送っていた。



 *



 その日の夜、リベリオン・マギの拠点には、一人の少女が姿を見せていた。青い髪をした少女――――朧瑞葉おぼろみずはだ。彼女は自らの意志で、この場所に戻って来たようだ。彼女は会議室にて、今日の出来事を報告する。

流鏑馬御鷹やぶさめみたかが、穏健派のマグスを何人も殺していました。やはり人間は、例外なく信用には値しない生き物だと思われます」

 彼女の報告を聞き、ゆうは憤る。

「アイツの敵は、ミーたちのはずだよん。許せないね……関係のないマグスを傷つけるなんて!」

 彼に続き、かおるも言う。

「ヒヒヒ……人間など、所詮そんなもの。束の間の夢は心地よかったかい? 瑞葉! ヒヒヒ……」

 今回の件を受け、御鷹の印象は地の底まで落ちたようなものだ。秀一しゅういちはため息をつき、怒りの交じった声で言い放つ。

「ふむ……流鏑馬御鷹は我々の敵というわけだ。我らは組織を上げて、いずれあの男を処刑する。これは命令だ!」

 彼らの中で、御鷹に対する猜疑心が募っていく。その中で唯一、何か裏があると判断している者もいる。

「……あの御鷹がそんなことをするわけがねぇだろ。あのお人好しな馬鹿は、筋金入りの本物ってモンだぜ? ありゃ、演技には見えねぇな」

 紅蓮ぐれんだ。彼女は一度、御鷹の信念を本物と認めた身である。今回の件を受けてもなお、彼女はあの男を信じているようだ。祐は彼女に反論する。

「オゥ、カモン! 人間がそこまで、高尚な生き物なわけがないじゃん! 紅蓮ちゃんは、アイツを買いかぶりすぎだよん!」

「まあ、あくまでも一つの可能性だ。何か裏があることを疑い、奏美やドクター・マガミに目をつけておくことも、決して無益じゃねぇはずだ」

「ま、それもそうだけどね。アイツは馬鹿だし、騙されやすそうだし」

「……まあ、それには同意するぜ」

……御鷹を馬鹿だと思っているのは、二人ともだった。

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