デザート

 翌日、治療を終えた御鷹みたかは、すぐに愛恋あれんの元へと向かった。やはり彼は、あの研究所にいるよりも集落に住む方が性に合うらしい。さっそく集落に到着した彼は、五体のマグスと遭遇した。この時、彼の様子は少しおかしくなっていた。

「マグスは……俺がぶっ殺してやる」

 彼はそう呟き、メタルミストを遠隔操作する。宙には五本の剣が舞い、マグスたちを次々と切り倒していく。

「はぁ……はぁ……マグスは……どこだ……」

 彼はそんな声を漏らしつつ、集落の範囲内を放浪する。その眼に宿るものは、明確な殺意だ。


 無論、集落に住むマグスたちは、御鷹の様子がおかしくなったことを知らない。彼らは御鷹を見かけるたびに、友好的な態度で彼に近寄っていく。

「殺す……絶対、殺す……」

 御鷹は舌なめずりをし、何本もの剣で周囲のマグスを切り殺していく。逃げ切った数体のマグスは、同胞たちに異常を知らせていく。


 こんな事態を放っておくわけにはいかない。彼の前に、愛恋と瑞葉みずはが姿を現した。

「瑞葉! ついてくるなって言ったじゃないか!」

「集落の危機は、私の危機です。私は戦います。例え貴方に止められても……」

「……仕方ないな」

 無論、彼らは御鷹に何があったのかを知らない。今の彼を野放しにしたら、取り返しのつかないことになる――――それだけは確かだ。

「愛恋! 瑞葉! ちょうど良いところに来てくれたな! 二人まとめて、こんな集落よりももっと良い場所に送り込んでやるよ!」

 御鷹の操る剣は、愛恋たちを着実に追い詰めていく。彼らは一歩たりとも、彼に接近することの出来ない状態だ。防戦一方――――否、もはや己の身を守ることさえ難しい状況だろう。

「御鷹! どうして、僕たちを裏切ったんだ!」

 そう叫んだ愛恋の声には、悲哀が交じっていた。

「やはり人間は……人間ですか」

 瑞葉は呆れたような声色でそう言った。



 一方、御鷹は己の心の中で、己自身と戦っていた。彼は鎖に縛られており、その目の前にはもう一人の彼の姿がある。

「何故だ……何故、罪のないマグスを殺す必要がある! こんなことはもうやめろ!」

「マグスを殺せ。マグスを殺せ。マグスを殺せ。マグスを殺せ。マグスを殺せ」

「よせ! お前は一体なんなんだ⁉ お前は、本当に俺なのか⁉」

「マグスを殺せ。マグスを殺せ。マグスを殺せ。マグスを殺せ」

「俺の質問に答えろ! 鎖を外せ! 俺の体を、どうするつもりだ!」

 御鷹が何度叫んでも、返ってくる言葉は変わらない。御鷹の姿をしたそれは、ただひたすらに同じ言葉を繰り返していくだけだ。御鷹は唇を噛みしめ、怒りと悔しさに震えるばかりである。このままでは、彼は一番大切な友人を殺しかねないだろう。御鷹は全身に力を籠め、必死に足掻く。それでも、彼を縛り付ける鎖が千切れることはない。

「どうして……こんなことに……」

 この状況は彼にとって、あまりにも理不尽なものだ。彼自身の本心に反し、殺人衝動は絶対的な支配力をもってして彼の肉体を操っている。



 *



 同じ頃、奏美かなみ玲作れいさくはフォーマルなスーツに身を包み、レストランにいた。二人は、テーブルに運ばれてくる料理を次々と食していった。彼女たちは格式の高い食事に慣れているのか、その場に相応しいドレスコードとテーブルマナーを心得ているようだ。

「こちらが本日のアントレでございます」

 ウェイトレスはテーブルに、鴨肉のステーキを置く。奏美たちは軽く会釈し、ステーキを切り始める。


 玲作は言う。

「いよいよ、メインディッシュだな」

 奏美は答える。

「そうだね。だけど、メインディッシュの後のデザートも忘れてはいけないよ」

 二人は肉を切り分け終わり、鴨肉のステーキを食べていく。その姿からは気品が漂っていた。


 先にメインディッシュを完食した奏美は呟く。

「そろそろ、デザートが来るね」

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