居場所

 紅蓮ぐれんの攻撃により、河原のある草原は大きな爆発に呑みこまれた。大自然に恵まれていた土地は、瞬時に焼野原と化してしまった。彼女の目の前には、瑞葉みずはを抱きしめながら地に伏せている愛恋あれんの姿がある。


 紅蓮は笑う。

「瑞葉……オメェの帰る場所は、ここじゃなくなっちまったな。さあ、帰るぞ。オメェらに勝ち目はねぇんだからよ」

 緊迫した空気が立ち込める。愛恋と瑞葉が束になっても、彼女の実力には遠く及ばないようだ。それでも愛恋は、瑞葉を諦めようとはしない。

御鷹みたかから話を聞いたよ。君は、瑞葉のことを大切にしていたようだね」

「ああ。瑞葉は身勝手な人間のために生まれ、身勝手な人間のために生きてきた。オレは人間どもを……絶対に許さねぇ」

「僕はこれから、ここに住むマグスたちと協力して、この地を再び自然豊かな楽園にする。瑞葉は……愛も家庭も、温もりも知らずに生きてきたから……この場所を必要としているんだ」

 彼は紅蓮以上に、瑞葉のことをよくわかっていた。紅蓮は面食らった様子で息を呑み、それから少し考える。彼女の表情には、紛れもなく優しさが籠っていた。


 紅蓮は答えを出す。

「オメェみてぇな足手まといは要らねぇ。こんな男に手懐けられて心変わりするような優柔不断な奴を、組織に置いておくわけにはいかねぇな」

 彼女はそう言い放ち、その場を後にした。何はともあれ、瑞葉はこの場所で生きていくことを許された。愛恋はゆっくりと立ち上がり、足下に倒れている瑞葉に手を伸べる。

「ありがとうございます……神無月愛恋かんなづきあれん

「良いんだよ。この集落には、緑属性のマグスもいる。草木や花々を増やすのは彼らに任せるとして、君には水源を作ってもらうよ」

「了解しました」

 瑞葉は彼の手を取り、おぼつかない足取りで立ち上がった。二人は一度仮設住宅の密集地に戻り、マグスたちに呼びかける。

「リベリオン・マギによる襲撃があった。皆で手を取り合って、すぐにでも自然を復活させよう」

 愛恋の呼びかけにより、周囲にはたくさんのマグスが集まってくる。

「任せてちょ!」

「オイラの魔法が猛威を振るうぞぅ!」

「愛恋には指揮を任せるね!」

 集落の中心人物である愛恋には、それなりの人望があるようだ。マグスたちの姿を前にして、瑞葉は安堵の籠った微笑みを浮かべる。

「元に戻ると良いですね……私たちの居場所が」

「戻るさ。僕は、ここの皆のことを信じているからね」

「さっそく、私は水源を作ってきます」

「ああ、任せたよ」

 それから愛恋の指揮下にて、マグスたちは真剣に作業に取り組んだ。彼ら全員の活躍により、集落の自然は一晩で復興したという。



 *



 翌日、リベリオン・マギの会議室にて、紅蓮は秀一しゅういちに叱られていた。

「ふむ……瑞葉を逃すとはどういう了見かね?」

「オレの首を切りたきゃ好きにしな。もっとも、オレがいねぇとこの組織は間違いなく崩壊するだろうけどよ」

「ふむ……確かに君を解雇するわけにはいかないな。しかし今回の君の行動は目に余るぞ? 私情で組織の戦力を削ったことで、君は我々に何をもたらしたと言うのだね?」

 彼女の行動は人道的なものであったが、組織にとっては看過し難いものだ。二人は無言のまま、ただひたすら睨み合っている。


 両者の間の沈黙を破るのは、神出鬼没にして組織屈指の技術者と謳われる男――――美山薫みやまかおるだ。

「ヒヒヒ……瑞葉はすでに、我々に敵意を持っている可能性がある。中途半端に飼い慣らそうとしたら、スパイになりかねないんじゃないかねぇ? 我々の作戦が事前に外に漏れたら、敵対勢力に対策を打たれてしまう恐れがある」

 彼が誰の味方なのかはわからない。ただ一つ言えることは、彼の言い分が間違っていないことだけだろう。

「ふむ……それもそうだな。奴のことは諦めるとしよう」

 秀一は瑞葉を手放すことを選んだ。

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