瑞葉の意志

 それはある昼下がりのことである。その日、愛恋あれん瑞葉みずははいつものように河原を散歩していた。その背後には、二人の後を追うものがいる。

「こんなところにいたのか、瑞葉」

 それは二人にとって、聞き覚えのある声だった。彼らが振り向いた先にいるのは、リベリオン・マギ屈指の戦闘能力を誇る幹部だ。

宮城紅蓮みやしろぐれん……!」

「さあ、帰るぞ。瑞葉」

 何やら、紅蓮は瑞葉を連れ戻しに来たようだ。瑞葉はすぐに愛恋の背後に隠れ、彼女を睨みつける。その眼差しは、紛れもなく瑞葉自身の意思表示だ。彼女は愛恋を信頼し、この場所を気に入ったらしい。


 愛恋は言う。

「瑞葉の意志は、瑞葉自身のものだ。人間の道具でも、君たちの道具でもない」

 今の彼にとって、瑞葉は家族のようなものだ。そんな彼女を再び戦線に立たせることを、彼は絶対に許しはしない。その一方で、紅蓮も決して譲歩しようとはしない。

「道具扱いなんかしてねぇよ。オレたちは、オレたちの未来のために戦ってるんだ。なあ瑞葉、オメェがこの場所でどんな生活を送ってきたかは知らねぇけどな……そんな平穏は明日になったら失われているかも知れない灯火なんだぞ」

神無月愛恋かんなづきあれんが、私を守ってくださります」

「言うじゃねぇか。リベリオン・マギの軍事力よりも、その弱そうな野郎の無力な優しさを信じるのか? この集落だって、いつ人間どもにぶっ潰されるかわかったモンじゃねぇだろうよ」

 やはり彼女はリベリオン・マギの一員だ。彼女は人間を敵視し、瑞葉の身を案じているらしい。


 愛恋はため息をつき、ゴーレムに変身する。

「瑞葉を連れ戻したかったら、力尽くで来い」

「望むところだ。オメェらごときが束になってかかってきても、オレに傷一つ負わせられやしねぇよ」

 戦闘開始だ。愛恋はすぐに駆け出し、豪腕を振り下ろす。紅蓮は彼の足下へと潜り込み、そのまま上空に向かって炎の渦を放つ。直後、愛恋の全身は凍り、彼を覆う氷は炎によって溶け始める。瑞葉はそのまま氷の剣を振りかぶり、紅蓮の方へと迫る。

「知ってんだろ? オメェの氷なんか、オレには通用しねぇってよ!」

 紅蓮は強気な笑みを浮かべ、炎のビームを放つ。氷の剣は一瞬にして蒸発し、瑞葉には隙が生じてしまう。しかし、紅蓮が彼女の身を狙う様子はない。

「あいにく、上からの指示で、オレは瑞葉を殺せねぇんだ。戦力となる奴を易々とぶっ殺しちまうわけにはいかねぇからな!」

 紅蓮はそう言い放ち、上空に炎の球体を形成する。球体からは無数の炎の弾が発射され、それらは勢いよく地上に降り注ぐ。

「やめろ! 僕たちの大切な場所を……奪うつもりか⁉」

 愛恋は怒りを露わにし、紅蓮に殴りかかる。紅蓮は彼の攻撃を片手で受け止め、そのまま掌から豪快な炎を放出する。

「どうせ人間に焼き払われるだろ、こんな場所。少なくとも、オメェらの力じゃ守りきれねぇよ!」

「それでも、僕たちには……御鷹がいる!」

「そうか。オメェは、あの人間と仲が良かったな。だったら、オメェの目の前でアイツをなぶり殺してやっても良いんだぜ?」

「絶対に……そんなことはさせない!」

 愛恋は大きな腕で彼女の腕を振り払い、もう片方の腕を前方に突き出す。彼の拳は、紅蓮の鳩尾に命中する。

「……っと。やるじゃねぇか、オメェよぉ」

 彼女は少しばかり後方に飛ばされるが、それを意に介していない様子だ。更にこの一撃により、彼女の心に火が点いた。紅蓮の目は赤く光り、彼女の足下からは眩い炎が渦巻いていく。

「瑞葉……逃げて!」

「お断りします。貴方一人では、宮城紅蓮には太刀打ち出来ません」

「でも……!」

 愛恋は少し戸惑っているが、今は迷っている暇などない。

「よそ見してんじゃねぇよ、兄ちゃんよぉ!」

 紅蓮がそう叫んだのと同時に、その場は真っ白な光に包まれた。

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