家族
一方、マグスたちの集落では――――
「
――――
「瑞葉の好きなことを教えて」
「ユグドラームに我が身を捧げること……それだけが私の至上の喜びです。私は享楽に耽りたくはありません」
「そっか。じゃあ、無理強いは良くないね。そうだ……動物の動画を見るくらいなら、寛大なユグドラームは許してくださるんじゃないかな」
「……興味ありません」
気難しい娘である。愛恋は頭を抱え、思考を巡らせる。リベリオン・マギに飼い慣らされてきた少女を、彼は何としても普通の女の子にしたいらしい。
「今から、釣りにでも行こうか」
「興味ありません」
「……リベリオン・マギの幹部には、魚一匹釣ることも出来ないのかい? 上層部がその程度なら、リベリオン・マギもたかが知れたものだね」
「……だったら、見せてあげましょう。リベリオン・マギの力を」
瑞葉の心に火が点いた。組織に忠誠を誓っている彼女にとって、リベリオン・マギの名を汚されることは我慢できないようだ。
「ふふ……そうこないとね」
愛恋はそう言うと、すぐに釣りの支度を始めた。
数分後、準備を終えた二人は、河原へと赴いた。緑豊かな自然に囲まれたその場所では、小鳥のさえずりが美しい音色を奏でている。
「綺麗……ですね」
「気に入ってくれたかい? ここは僕のお気に入りの場所なんだ」
「こんな場所……行ったことがありません。私の知る場所は、マグスの畜産場と戦場だけでしたから……」
「それが世界の全てではないさ。世界はもっと、明るいんだよ。君には、色々なことを知ってもらう必要があるね」
「……はい」
何やら瑞葉は浮かない顔だ。彼女はまだ、愛恋に対する不信感を拭いきれていないようだ。そんな彼女の頭を撫で、愛恋は訊ねる。
「釣りを始めるかい? それとも、もう少し散歩するかい?」
安息を知らない瑞葉にとって、この地は心の拠り所になりうるポテンシャルを秘めている。彼女は少し迷い、小さな声で呟く。
「散歩……します。案内を願います」
彼女は散歩を選んだ。愛恋は彼女の頬を掴み、少しだけ上に引っ張る。
「表情が硬いよ。それと、そんなに堅苦しくする必要もない。僕たちは、家族だ」
「家族……? 私は、奴隷にされるのですか?」
家庭の温もりを知らない瑞葉にとって、誰かと行動を共にすることは「自分が所有されること」と同義なのかも知れない。愛恋は彼女の頬から指を離し、今度は相手の両肩に手を乗せる。
「それは本当の家族じゃない。家族はいつでも互いを支え合うし、一緒にいて安心できる関係を築く必要があるんだ」
「……理解できません」
「いずれわかるようになるよ。少しずつ、少しずつわかっていけば良い」
彼は結果を急ごうとはしなかった。
――――やがて、二人の奇妙な関係が続いてから、約一週間が経過した。
この時になり、瑞葉は初めて己の本心を口にする。
「……ユグドラームを信じても、組織を信じても、私はずっと、安心できませんでした。なのに、貴方といると……私は無意識のうちに気が緩んでしまいます。薬物の離脱症状のせいでしょうかね」
リベリオン・マギの幹部は戦場に立つ際、時間に余裕があれば麻薬を服用する。ゆえに彼女の仮説が間違っているとは言い切れないだろう。それでも愛恋は、彼女の変化が離脱症状によるものではないことを確信している。
「今は、薬が欲しいと思うかい?」
「いいえ。もっと、貴方と話していたいです」
「そっか。それなら、離脱症状ではないね」
彼の努力は、決して無駄ではなかった。愛恋は嬉しそうに微笑み、瑞葉の頭を撫でる。それにつられるように、瑞葉も表情を緩めた。
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