アップデート

「気が付いたかい? 御鷹みたか

 暗闇の奥から、奏美かなみの声が聞こえた。御鷹が瞼を開くと、そこはいつもの研究所だった。ベッドの周りから、奏美たちが彼の顔を覗き込む。何やら、彼は紅蓮ぐれんとの戦いに敗れ、玲作れいさくによる治療を受けていたようだ。

「ありがとう……先生」

「気にするな。私はマグスバスターの専属ドクターとして、当然のことをしたまでだ。それより、お前に良いニュースがある」

「良いニュース……?」

 人間とマグスが敵対し、荒廃した世界において、吉報が語られることは珍しいだろう。御鷹は上体を起こし、玲作の方へと目を向ける。しかし彼に朗報を告げるのは、奏美である。

「こっちだよ、御鷹。アナタが気絶している間に、アナタの脳にナノマシンを埋め込んでおいたんだ。これは人体に害のあるものではないし、メタルミストとその使用者の思考を更に効率的に同期できるようになるんだよ」

 相変わらず優秀な技術者である。

「ああ、ありがとう。だけど従来のメタルミストでも、俺はラグのようなものを感じたことはないぞ?」

「体を動かすのに必要な生体電流が移動する時間と、体が動いたことを自覚するのに必要な脳電流が移動する時間がある。そうだな……少しわかりやすくするために、この一瞬を四コマ漫画で表現しよう」

「あ、ああ……」

 御鷹は彼女の話を理解できる自信がなかったが、とりあえず相槌を打った。奏美はホワイトボードを用意し、図解を交えて話を進める。

「脳が指示を出すのが一コマ目。体が動くのが二コマ目。三コマ目で従来のメタルミストが機能し、四コマ目でアナタは自分の体が動いたことを自覚する」

「なるほど……これなら俺にもわかりやすいな」

「そこにワタシの作ったナノマシンを介入させた場合、メタルミストは二コマ目で動くようになる」

 つまるところ、このナノマシンは、脳の指示を直接メタルミストに伝えることが出来るらしい。しかし御鷹は、少しばかり納得のいかない様子だ。

「良いニュースってのは、それだけか? こんなの、ほんの一瞬の誤差じゃないか」

 もしメタルミストの改善点がこれだけであれば、それを良いニュースと呼ぶのは少々大袈裟だろう。無論、優秀な技術者によるアップデートはこの程度には留まらない。

「そのアップデート内容は単なる前菜だよ。メインディッシュは後から来るものだからね」

「……じゃあ、そのメインディッシュをそろそろ話してくれ」

「従来のメタルミストは、使用者が体に触れていないと機能しなかった。だけど今回のアップデートにより、アナタたちはメタルミストを遠隔操作できるようになったんだよ」

 そう――――それが今回のメインディッシュだ。

「もったいぶるなよ。そういう話を最初にしてくれよな」

「アナタはせっかちだね。最初に重要な話をしたら、その後の話がつまらなくなってしまうでしょ?」

「まあ、良いだろう。何はともあれ、これで俺は……紅蓮を倒せるかも知れないからな」

 新たな力を手に入れ、御鷹はわずかな希望を見いだした。リベリオン・マギ屈指の実力を誇る彼女を倒せば、組織の連中に圧をかけることも出来るだろう。


 竜也りゅうやは言う。

「後で、僕にもその手術を受けさせて欲しい」

 眠りに就いていた御鷹とは違い、彼には手術を受ける時間などなかった。ゆえに、彼の脳にはまだナノマシンが埋め込まれていない。奏美は彼の申し出を快く受け入れる。

「もちろんだよ。後でワタシ自身の頭にもナノマシンを埋め込む予定だし、マグスバスターの戦力もどんどん高めていかないといけないからね」

 彼女に続き、玲作も言う。

「私の技術があれば、脳に支障をきたすことなくナノマシンを埋め込むことが出来る。私を頼りにすると良い」

 実に頼もしい二人であった。

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