孤児院

 その昔、物心のつく前に両親から捨てられていた御鷹みたかは、孤児院にいた。孤児のリーダー格だった彼は、孤児院の誰とでも仲良く振る舞えた。彼は両親のことを何も知らず、周りからも何も聞かされていない。それでも彼の孤児院での生活は、実に充実したものであった。


「御鷹! パス!」

「任せろ! 俺の華麗なシュートを決めてやるよ!」

「行け! 御鷹!」

 運動神経の優れていた御鷹は、孤児たちにとってのヒーローだった。サッカーをする時はいつも、二つのチームが彼を奪い合うためにじゃんけんをしていた程だ。御鷹が誰かを遊びに誘えば、他の孤児たちも群がってきた。当時の彼にとって、友達と呼べない人間は周りにいなかったと言っても過言ではない。


 孤児の中には、元被虐待児もいた。大人に対する恐怖心を拭えない彼らを見て、御鷹は彼らを守ることを心に決めた。孤児院の中で喧嘩が起きても、いじめが起きても、それを止めに入るのは決まって御鷹だった。無論、普通の子供がいじめの被害者に寄り添おうものなら、その子供が次の標的になるのも珍しい話ではないだろう。しかし、孤児たちは皆、御鷹のことが好きだった。ゆえに彼が出すぎた真似をしたところで、それが裏目に出ることはほとんどなかった。


 この時、御鷹は確信していた。彼は、自分が大人になるまで、こんな日々がずっと続くことを信じていた。そして、その幻想が打ち破られる日が訪れたのは、あまりにも突然のことであった。


 彼がいつものように友達とババ抜きをしていると、部屋の外から大きな物音がした。彼が戸を開き、廊下を見渡すと、辺り一面には黒い煙が立ち込めている。御鷹はすぐにトランプを投げ捨て、孤児たちに指示を出す。

「火事だ! 職員の指示が出るまで、机の下に伏せろ!」

「御鷹、それって地震の時にやる奴じゃないの?」

「俺もよくわからないけど、とにかく隠れろ!」

 当時幼かった彼らには、火災に対する模範的な対処法などわからない。御鷹は部屋を飛び出し、精一杯の力で非常ベルを押した。ベルの音が鳴り響く中、孤児たちは恐怖した。そんな中、御鷹は近くに設置されている消火器を手に取り、辺りを見回していた。

「クソッ……火元はどこだ!」

 立ち込める煙に視界を覆われ、彼は火元を見つけ出せない。このまま消防車の到着が遅れれば、彼の居場所は更地と化すことだろう。


 その時、彼の元に一人の中年男性が駆け込んできた。

「御鷹! 皆を連れて早く逃げろ!」

「院長⁉」

「マグスがこちらを襲撃してきた! すぐに逃げろ!」

 これはただならぬ事態だ。御鷹は院長の指示に従い、一旦部屋に戻った。

「皆! マグスが俺たちを狙ってる! すぐに逃げるぞ!」

 御鷹の一声により、孤児たちは次々と走り始めた。そして彼らの逃げ込んだ先に、一体のマグスが姿を現した。

「ユグドラームの意志のままに!」

 マグスはそう言い放ち、周囲を灼熱の炎に包み込む。御鷹は即座に、一番近くにいた孤児の手首を掴み、全速力で廊下を走り抜けていった。しかし、運動神経の優れている彼であっても、失敗をすることはある。彼は他の孤児の死体に躓き、そのまま倒れ込んでしまった。彼のすぐ背後には、一体のマグスが迫っていた。

「まずい……!」

 彼は両腕に力を入れ、必死に立ち上がろうとした。彼の両脚は震えており、上体を起こすのがやっとの有り様だった。もはやこのままでは、彼に命は無いだろう。


 その時、マグスの眼前に、院長が飛びこんできた。


 院長はマグスの放つ炎を全身に浴び、膝から崩れ落ちた。この隙に御鷹は立ち上がり、彼の方へと目を向けた。

「院長……!」

「私のことは良い! 御鷹、早く逃げるんだ!」

「で、でも……」

「大人を信じろ! 必ず生きて帰ってくる!」

「約束だからな! 院長!」

 御鷹は院長に背を向け、その場から逃げ去った。

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