人間の所業

「あの後、私は四肢の切断を余儀なくされた。皮膚は焼けただれ、私の左目は使い物にならなくなった。ゆえに私は、そして人間を憎むのだ。ゆえに私は、この醜い体をさらけ出し、人のもたらした罪を人の脳に焼き付けるのだ!」

 己の境遇を語り終えた秀一しゅういちは、御鷹みたかに憎しみの目を向けた。一方で、御鷹は彼に対し、同情の目を向けている。それでも、御鷹には譲れない正義がある。

「そりゃ、憎いだろうな。好きなだけ憎むが良い。だけどアンタのやってることは、それでも間違ってるんだよ!」

「ならば人間は正しいことをしてきたのか⁉ 一方が手段を選ばないというのに、もう一方は正義を守らなければならぬのか⁉ 我々マグスはな……ただ己が安全に生きていける未来を手に入れようとしているだけなのだ」

「だったらなおさら、こんな争いは終わらせないといけない!」

「ふむ……ならば人間が先に手を引けば良い。先に手を引いた者が敗れ、未来永劫苦しみ続ける……そんな戦いを終わらせることが出来るのなら……な」

「そ……それは……」

 秀一に説き伏せられ、彼は言葉を失った。もはや話し合いなど通用しないことは、火を見るよりも明らかだ。御鷹がいくら声を荒げても、世界が変わることはないのだ。


 そんな彼に追い打ちをかけるように、紅蓮ぐれんは言う。

「オレたちの受けてきた仕打ちについては、もう話したはずだ。そして、こうした社会問題は、今もなお存在し続けている。ここでオレたちが黙って白旗を上げりゃ、人間どもの蛮行が止まるとでも思ってんのか?」

 止まるはずがない。誰にも、止められるはずがない。それは御鷹からしても、考えなくともわかることだった。

「確かに、話し合いで片付くと思っていた俺が甘かったよ。だけど、このまま戦い続けても、無駄な死者が増えるだけだ。結果を結ばない争いに数多の命を巻き込んで、人も、マグスも、アンタらの憎しみのせいで死んでいく。誰が……救われるんだよ……」

 彼の言葉は、紅蓮の神経を逆撫でした。紅蓮は御鷹の胸倉を掴み、激昂する。

「そんなこと、オレたちだってわかってんだよ! そりゃ、輝かしい未来なんて訪れねぇかも知れねぇ! どう足掻いても、誰かが傷つくだろうよ! それでも、オレたちには戦う選択しか残されてねぇんだよ!」

 凄い剣幕だ。彼女の真剣な眼差しに圧倒され、御鷹は怖気づきながら目線を逸らす。紅蓮はため息をつき、彼を降ろす。彼女は悲哀の交じった流し目で瑞葉みずはを見つめ、話を続ける。

「瑞葉はなァ……自分の親の顔を知らねぇんだ。人間の都合で繁殖させられて、人間の都合で殺処分されるマグス――――そのうちの一人がコイツだからだ。瑞葉はまだ強力な魔法を生まれ持ったから良かったけどな……大多数の養殖マグスはそうじゃねぇんだよ」

「……どういうことだ?」

「愛玩動物が病弱になりがちな理由を知ってるか? ブリーダーにいたずらに繁殖させられて、遺伝子を淘汰できねぇからだ。その上、コストの問題から、マグスの養殖には近親交配が用いられることも多くてな……」

「まさか……」

「大多数の養殖マグスは、生物的な退化を繰り返していくがゆえに、生殖機能以外の能力をほとんど持たねぇんだよ。連中はそれを不幸だと自覚することもなく、死ぬまで人間の管理下で生き続けるんだ」

 そう語った紅蓮の握り拳は、小刻みに震えていた。この話を受け、御鷹はただただ戦慄を覚えるばかりだ。

「それが……人間の所業なのか……」

 彼は頭を抱え、呼吸を荒げている。

「ああ、オメェからすりゃ耳の痛ぇ話だろうよ。だが、オメェにもそれなりの事情はあるだろう」

「あ、ああ……」

「今度は、オメェの戦う理由を聞かせてくれよ。マグスバスターさん」

 紅蓮は御鷹の髪を掴み、彼の顔を持ち上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る