祝福された命

 足利秀一あしかがしゅういちがこの世に生をけたのは、今から四十七年前のことである。生まれつき病弱で、なおかつ魔法を生まれ持たなかった彼は、マグスの肉体を持っただけの弱者に過ぎなかった。彼はマグスの間でも尊敬されず、自尊心を削り取られ、己の運命を呪いながら生きてきた。そんな彼の悲哀に拍車をかけたのは、彼の母親の存在だ。

「魔法は人を傷つけるものよ。それを生まれ持たなかった貴方は、優しくて慈愛に溢れた素晴らしいマグスなの」

 それが彼女の考えだ。実の息子がいかなる困難に見舞われようと、その考えは変わらない。秀一がいくら自らの抱える苦痛を訴えても、彼女はそれを「無力であることは罪ではない」の一点張りではぐらかすのだ。

「秀一……貴方は祝福された命なの」

「私が産み落としたのは、何よりも美しい存在なの」

「私を憎むのなら、私の庇護下には置けないわ」

 そんな言葉ばかりを、秀一は幾度となく聞かされ続けてきた。しかし彼が常人未満の存在である事実が覆ることはなく、彼は「人間に優る力を持つマグスたちの社会」の中で孤立していった。無論、彼は迂闊に母親に逆らうことは出来ない。他者の役に立てない弱者には、自らの力で生活資金を蓄えることが出来ないからだ。


 時に、秀一は母親に反抗することもあった。しかし母親は、己が正しいと確信し、我が子に歪んだ愛情を向けるばかりだ。

「私に文句があるの? 私が正しいということがわからないのなら、一度愛情から突き放された方が良いわ。その方が、貴方は私の価値を理解できるし、貴方自身のためにもなるもの」

 彼女はそう言い放ち、秀一から食事を取り上げた。彼はそのままベランダに閉め出され、寒空の下で咳き込み続けた。彼は決して、母親の気を引こうとしているわけではない。生まれつき病弱な彼は、どうしても咳が出てしまうのだ。



 秀一の人生を変える出来事が起きたのは、彼が二十歳になった時である。力を持たないなりに求職していた彼は、仕事を探すために外出を繰り返していた。そんな中、彼に目をつけた者たちがいる。

「あのマグス、いっつもこの辺をほっつき歩いてるよな」

「仲間がいないのか? こりゃあ良い、人間の恐ろしさを知らしめる絶好の機会だ」

「マグスに生まれることは罪だからな。ちょっと遊んでやろうぜ」

――――人間だ。彼らはすぐに機材を集め、秀一に鉄槌を下す機会をうかがった。それから数日後、三人は秀一の目の前に現れ、彼をおびき出そうと試みた。

「あんた、マグスだよな? 人間には出来ない……良い仕事があるんだ。もし良かったら、話だけでも聞いていかないか?」

 怪しい誘いだ。しかし、今の秀一には手段を選んでいる余裕はない。弱者として生まれた彼からすれば、一本の藁ですら命綱として重宝せざるを得ない状況だからだ。秀一はすぐに彼らの後を追い、路地裏へと辿り着いた。突如、人間たちのうちの一人が、鉄パイプを使って彼の頭を殴り始めた。

「な……何を……⁉」

「人間がマグスを助けるわけねぇだろ。あんたを助けてくれるお仲間はいないのか? 早く助けを呼んでみろよ!」

「私を……騙したのか……!」

「騙されるようなことをするのが悪いんだよ。あんたが、生まれてきたのが悪いんだ!」

 一発、また一発と、彼の頭頂には鉄パイプが叩き込まれた。続いて、他の一人が秀一の全身にガソリンをかけ、残る一人が火炎放射器を構えた。

「はい、害虫駆除開始ぃー! あ、お前は離れてろよ」

「おっと、そうだな! つーかコイツ、魔法使ってこないじゃん」

 鉄パイプを振り続けていた男は、すぐに秀一から離れた。直後、秀一の体は、惨たらしく燃やされた。独特な臭気を放つ炎に包まれる中、彼は母親の言葉を思い出した。彼女の言うところの「祝福された命」は、理不尽に蹂躙されるために生まれてきたのだろう。彼はそう考えた。

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