境遇

 御鷹みたかが案内された場所は、リベリオン・マギの幹部たちの会議室だ。相変わらずかおるは不在だが、これは彼のことを何も知らない御鷹からすれば、あまり重要なことではないだろう。兎にも角にも、御鷹は今ここにいる幹部たちから話を伺う必要がある。ほとばしる緊張を抑えるべく、彼は深呼吸をする。そして生唾を呑み、彼は話を切り出す。

「アンタたちが戦う理由はなんだ?」

 敵対勢力に歩み寄るには先ず、それが敵対している根本的な原因を知ることが要となる。彼の一言によって生まれた数瞬の沈黙を破るのは、瑞葉みずはである。

「私は朧瑞葉おぼろみずは。私は奴隷市場にて、宮城紅蓮みやしろぐれんに買われました。奴隷市場ではメディカの数を確保するため、たくさんのマグスが交配させられてきました。当時は何も学習させてもらえなかった私に人間の冷酷さを教えてくださったのは、司令官です」

 彼女の境遇に触れ、御鷹の表情が変わる。

「奴隷と言うより、もはや家畜扱いじゃないか……」

「故に私は、人間に反旗を翻すことを心に誓いました」

「なるほど……」

 無論、人間に虐げられてきたのは瑞葉だけではない。次に己の境遇を語るのは、ゆうだ。

「ウェーイ! 次はミーの番だね。ミーは五十嵐祐いがらしゆう。人体実験の被害者だよん。PTSD治療に向けた新薬の実験で、ミーを含むマグスたちは皆、理不尽な暴行を受けてきたよん」

「それって……ベルの音が暴行の合図になっている奴か?」

「よくご存知で。アイツら、また新しい薬で実験していたんだね。これだからユーたち人間は、信用できないんだよん」

 それは偶然か、それとも必然か。もし後者であれば、それは相当数のマグスがあの実験の犠牲になっていることを意味する。いずれにせよ、この問題が根深いものであることに変わりはない。この時、御鷹はすでに陰りのある顔をしていた。しかし、まだ充分な情報は集まっていない。

「残りの二人は、どうして戦うんだ?」

 彼は勇気を振り絞り、残る二人に質問した。

「オレは宮城紅蓮。オレの戦う理由は、話せば少々長くなる」

 先に口を開いたのは、紅蓮だ。御鷹はすぐに彼女の方へと目を遣り、過去を打ち明けることを促す。

「長くなっても構わない。アンタの心の叫びを聞かせてくれ」

 そう言い放った彼の目に迷いはない。紅蓮は呆れたようなため息をつき、それから自らの過去を話し始める。

「……その昔、オレは人間の軍隊に飼い慣らされていた性奴隷だった。毎日毎日、盛った野郎どもに代わる代わる抱かれてきた。だけどオレは、絶対に逃げ出すことが出来なかった」

「どうしてだ?」

「連中はオレが逃げだせないよう、オレのアキレス腱を切除したんだ」

 その話には、妙な説得力があった。御鷹の目線は、無意識のうちに彼女の義足の方へと向けられる。紅蓮には両脚の膝から先がない――――その事実が、彼女の話の生々しさに拍車をかけているのだ。

「つまり、その義足は……」

「歩けねぇ脚なら必要ねぇからな……後ほど自らの意志で切り落としたよ。で、話を戻すとだ。祐の奴が軍隊に乗り込み、オレを背負って脱出した。オレはその時にリベリオン・マギに入りてぇと考え、両脚の切断を決意したんだよ」

「……許せない。俺は、アンタの体を弄んだアイツらを、絶対に許さない」

「さあ、次は司令官が全てを語る番だぜ」

 その内容の重さに反し、彼女はあまり己の境遇に興味がない様子だ。そんな彼女に目線を向けられるや否や、秀一は先ず自己紹介を始める。

「私は足利秀一あしかがしゅういち――――リベリオン・マギの最高司令官だ。君は、この私の姿を醜いと思うか?」

「……なんて返せば良いか、さっぱりだ」

「まあ、当然の反応だろうな。この醜い体は、人間の業が可視化されたものだ」

 そう言い放った彼の姿は、その言葉に劣らず醜いものだ。四肢と左目を失い、全身に火傷を負っているその様は、まさしくこの世の闇そのものである。

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