地理的プロファイリング

 愛恋あれんは新聞を広げ、それからコンピューターの電源を入れた。彼は地図アプリのようなソフトウェアを起動しつつ、サブディスプレイにブラウザを表示する。彼がブラウザで調べ上げているのは、リベリオン・マギ関係者の目撃情報だ。そして組織の犯行現場や目撃場所などの情報を頼りに、愛恋は地図上に赤い旗のアイコンを立てていく。彼の手際は非常に良く、この手の作業には手慣れていることがうかがえる。


 彼の意図は、御鷹みたかにはわからない。

「なあ愛恋……これは何をしているんだ?」

「リベリオン・マギの活動範囲を可視化しているんだ。これで連中の拠点の大体の位置を、二箇所にまで絞ることが出来るんだよ」

「何故、二箇所なんだ?」

「地理的プロファイリングには、円仮説と重心仮説の二つの要素が関わってくるからだよ」

「円仮説? 重心仮説? アンタの言っていることが、俺にまるでわからねぇ。馬鹿にもわかるように説明してくれないか?」

 話の大部分を理解できず、御鷹は少し自信を喪失した。そんな彼に愛想笑いを見せ、愛恋は二つの仮説について解説する。

「円仮説は、最も互いの距離の離れている二つの犯行現場を直線で結んだ際に、その真ん中辺りに犯人の拠点があるとする仮説だよ」

「なるほど、意外とわかりやすいな。それで、重心仮説というのは?」

「犯行現場の座標の平均値を中点に、そこから最寄りの犯行現場までの距離の半分の長さを半径とした円を地図上に描くんだ。この円の内側は、疑惑領域と呼ばれている。犯人は、その領域の圏内を拠点にしていると推測することが出来るんだよ」

「へぇ。また一つ賢くなった」

 愛恋の説明を受け、御鷹は地理的プロファイリングという概念を理解した。


 それから情報収集も終わり、愛恋はいよいよリベリオン・マギの拠点の特定を始める。地図を映し出しているソフトウェアが、二つの場所を示す。

「とりあえず先ずは手分けして、別々のエリアで調査を行う必要があるね。怪しい建物を見つけ次第、すぐに連絡してね」

「これって、リベリオン・マギの連中が拠点を特定されないように、犯行現場を計算して選んでいる可能性もあるんじゃないのか?」

「その可能性は否定できないね。いずれにせよ、先ずは調べてみないからには何もわからないよ」

「……そうだな。行くか、愛恋」

「うん」

 愛恋はコンピューターをスリープモードにし、すぐに身支度を始める。その傍ら、御鷹は二枚のトーストを焼き、二人分の朝食を用意している。それからすぐにトースターが音を立て、二枚のトーストが飛び出してくる。二人はトーストにマーガリンとイチゴジャムを塗り、一気にかじりつく。完食と同時に、彼らは互いの目に視線を送る。このアイコンタクトは、出動開始の合図だ。御鷹たちはすぐに、マグスたちの集落を後にした。



 これは十人の人質の命が握られている仕事だ。失敗は絶対に許されない。



 同じ頃、奏美かなみは研究室にて、仕事の準備に取り掛かっていた。彼女は先ず、大きなウサギのぬいぐるみを抱きしめ、次に食事を用意する。ミキサーの中に放り込まれたものは、大量のピーナッツバターとハチミツ、そして一本のバナナだ。いかにも甘ったるそうな材料の数々は、ミキサーの中で混ざり合い、黄土色の液体に姿を変えていく。この見栄えの悪い飲み物は、奏美の朝食だ。彼女は何の躊躇いもなく糖分の塊を飲み干し、コップを食洗器に仕舞う。それから己の口元を拭い、彼女は上着を羽織る。


 いよいよ任務開始だ。


「マグスめ……目にもの見せてやる」


 彼女の瞳には、底知れぬ闘志が宿っている。人間を人質に取られたことは、彼女にとっての宣戦布告に他ならない。彼女はすぐにメタルミストを手に取り、研究所を飛び出した。

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