体術

 その日の夕方、瑞葉みずはは戦闘員の集団を連れ、新宿へと赴いた。テロを実行する前に、彼女たちは先ず、麻薬を服用する。薬物を用いることにより、痛みや恐怖を緩和しつつ、敵対者への攻撃に集中できるのだ。


 瑞葉は街行く人々を凍らせる。彼女は水の魔法も使い、ウォーターカッターの要領で人々の首をはねていく。そんな彼女の指揮下で、マグスの軍勢も各々の魔法を駆使して大量殺戮に励んでいく。瑞葉はまだ十三歳の少女だが、リベリオン・マギの重役を担っている身だ。その戦闘能力は常軌を逸している。


 御鷹みたか愛恋あれんは、人々の避難を手伝っていく。彼らには戦うという選択肢もあるが、今回はそれが最善ではないようだ。

「……これだけリベリオン・マギが暴れているんだから、奏美かなみの奴が黙っているはずはない。俺たちは、人命救助に力を注ぐぞ」

「その必要があるね」

 テロリストの制圧はマグスバスターの仕事だ。無論、御鷹もまたその一人だが、ただ戦うだけでは人々を守ることは出来ない。ゆえに彼は、相棒と共に人間たちの避難を手伝うのだ。


 それから数分もしないうちに、奏美はその場に到着した。

「マグスめ……派手にやってくれる」

 彼女は歯を食いしばり、手元に鉄の銃を作り出す。彼女の乱射するエネルギー弾は、リベリオン・マギの戦闘員たちを次々と蹴散らしていく。しかし今回は、勝利を確約された戦いではない。彼女の目の前に、青い髪の少女が姿を現す。


――――瑞葉だ。


 直後、上空から、無数の氷の槍が降り注いだ。奏美は銃を盾に変形させ、咄嗟に己の頭を守る。その隙を突き、瑞葉は一気に間合いを詰める。彼女の手に握られているものは、氷の剣だ。

「……!」

 奏美はすぐに斬撃をかわした。彼女の頬には切り傷ができ、そこからは鮮血が滴っている。彼女の口から紡がれる言葉は、至ってシンプルだ。

「強い……」

 これまで数多くのマグスを倒してきた彼女にとって、こんな強敵の存在はあまりにも衝撃的だった。瑞葉はそこから畳みかけるように、奏美の方へとウォーターカッターを放つ。

「なっ……⁉」

 ウォーターカッターは、奏美の脇腹を容赦なく貫いた。もしこの攻撃が急所に命中していたならば、彼女は間違いなく即死していただろう。


 しかし、奏美も防戦一方ではない。

「ならば……!」

 彼女はメタルミストを変形させ、鎧を作り出す。無論、この状態では武器を使うことは出来ない。それでも、この戦いにおいては防御を固めることが勝利への鍵となるだろう。鋼鉄の鎧をまとった奏美は、そのまま眼前の強敵の腹部に膝蹴りを食らわせる。瑞葉が驚いたのも束の間、更に彼女の後頭部には鋭い肘打ちが叩き込まれる。直後、彼女の左目に、鋭い右ストレートが炸裂する。何やら奏美は、体術を心得ているようだ。

「……何か言い残すことは?」

「ユグドラームの意志のままに!」

「そーかい。それは野暮な質問だったね」

 一見、彼女はこの戦いにおいて優勢だ。鋼鉄の鎧をまとった今、彼女には氷の武器もウォーターカッターも通用しない。しかしこの戦いは、意外な形で中断されることとなる。


「瑞葉ちゃん、お待たせー!」


 その場に現れたのは、黒いニット帽を被った緑の髪のマグス――――五十嵐祐いがらしゆうだ。彼の登場が意味することは、ただ一つだ。瑞葉は顔を上げ、彼の顔を覗き込む。

「人質を取ったのですね?」

「その通りだよん。ミーにかかれば、ちょちょいのちょいだよん!」

 彼女たちの言葉を前に、奏美の表情が変わる。いくら優れた戦闘能力を持つ奏美でも、人質を取られてしまえば自由に動くことは出来ないだろう。

「下衆どもめ……覚えていろ」

 彼女は祐を睨みつけ、その場から撤退した。そんな彼女の後ろ姿を見送った後、祐たちも拠点へと帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る