自然

 愛恋あれんに連れられ、御鷹みたかは小さな集落にたどり着いた。仮設住宅が並ぶ中、たくさんのマグスたちが平穏な生活を送っている。彼らはすぐに御鷹の存在に気付いたが、決して敵意を抱いたりはしない。

「ようこそ、私たちの村へ!」

「何もないところだけど、楽しんでいってね」

「愛恋が連れてきたってことは、良い人間だね!」

 マグスたちは皆、御鷹のことを歓迎している様子だ。彼らは愛恋のことを心から信頼しているのか、彼の連れてきた人間に対しても友好的な態度を取っている。御鷹は少し戸惑いながらも、彼らに軽く会釈する。それから集落を回っていくうちに、彼の心は徐々にほぐれていく。

「良い村だな、ここは」

「僕たちは必要のない争いを望まないからね。それに、ユグドラームの意志に背いた者は、楽園に導かれなくなってしまうんだ」

「その……ユグドラームってのは、一体?」

 今までリベリオン・マギの戦闘員と戦ってきた中で、彼は幾度となくその言葉を耳にした。しかし彼には、その言葉の意味はわからない。そこで愛恋は、ユグドラームについて説明を始める。

「人間の言うところの聖書のようなもの――――グリモアルに記された唯一神さ。その名自体は、リベリオン・マギの連中の口から何度も聞いているんじゃないかな」

「まあ……な」

「連中はグリモアルの戒律を曲解し、テロを正当化しているんだよ。例えば“愛しき者に全てを捧げよ。そのためであれば、何かを失うことを恐れるな”とか、あるいは“ユグドラームを崇拝しない者は無知であるため、布教の障害となるものを排除する行いは正しい”とかね」

「なるほどな……だからアイツらはよく、“ユグドラームの意志のままに!”とか言い出すわけだ」

「そういうことだよ。本来、ユグドラームは、僕たちマグスを幸福に導く神でしかないというのにね」

 それがリベリオン・マギの戦闘員たちが口にしていた言葉の正体だ。元来、それは一つの宗教における信仰対象にすぎなかったが、かの連中はそれを歪んだ形で信仰しているのだという。


 並々ならぬ事情を知り、御鷹は神妙な顔つきをする。

「人種差別だけでなく、宗教も絡んでくるのか。人間とマグスの対立は、簡単な問題じゃないんだな……」

 問題の根深さを実感し、彼は頭を悩ませるばかりだ。そんな彼にひと時の安らぎを与えようと、愛恋はある提案をする。

「そうだね。まあ、暗い話ばかりしていてもしょうがないし、一緒に釣りにでもいかないかい? 君の分の道具も、用意してくるよ」

 愛恋は彼の返事を待たず、すぐに準備に取り掛かった。それから釣りの道具を一式揃え、二人は近くの川へと向かった。


 川の水は澄み切っており、微風にくすぐられる木々は心地よい音を奏でる。鳥のさえずりは眠りを誘い、色とりどりの花が咲き乱れる草原はまるで楽園のようだ。愛恋は御鷹に、釣りのノウハウを教えていく。御鷹は助言に聞き入りつつ、川を睨みつけながら釣り針を投げ入れる。そんな彼の強張る肩に手を添え、愛恋は言う。

「そんなに緊張する必要はないよ。深呼吸をして、ゆっくりと肩の力を抜くんだ。釣りは余裕を持って楽しむ必要があるからね」

 御鷹は小さく頷き、深呼吸をする。それからしばらく、彼は音を立てずに獲物を待つ。環境音に耳を傾け、時が来るのを辛抱強く待ち続ける。そしてルアーが水面下に沈んだ直後、彼はすぐにリールを撒く。釣り糸の先には、水滴を飛ばすように暴れ回る活きの良い淡水魚が引っかかっている。

「釣れた! この魚はなんだ⁉」

「アユだね。後で塩焼きにして食べようか。一匹だけじゃ食べたりないし、僕もたくさん釣っておく必要があるね!」

 愛恋の心に火が点いた。それからというもの、二人は日が暮れるまで釣りに没頭し、たくさんの魚を釣り上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る