公安職

 御鷹みたかを戦闘不能にまで追い込んだ奏美かなみは、すぐに後方へと目を向けた。彼女の眼前からは、灼熱の炎を身にまとうマグスが迫ってくる。

「炎……赤属性か」

 奏美はすぐに銃を作り、発砲を繰り返す。一方で、こちらに駆け寄ってくるマグスは銃弾をものともせず、全身から血を流しながら炎の弾を放ってくる。

「ユグドラームの意志のままに!」

 何発もの炎の弾が、一斉に彼女の身を襲う。奏美はメタルミストを剣に変形させ、灼熱の弾幕を淡々と切り落としていく。

「あまりマグスバスターを侮らない方が良い」

 今度は彼女が攻撃を仕掛ける番だ。彼女は華麗な剣術を披露し、眼前の標的を追い詰めていく。

「逃げるなら、今しかない!」

「行くぞ!」

「ユグドラームよ! 我らを救いたまえ!」

 この隙を見計らい、まだ四肢を切られていない盗賊団は次々と逃げ出していく。その様を横目に、奏美は少し不服そうな顔をする。しかし、今は彼らに構っている場合ではない。

「見せてやる! 人間の底力を!」

 奏美は剣を変形させ、今度はヌンチャクを作り出す。無論、今まで数多くのマグスと戦ってきた彼女は、様々な武器の扱いに長けている。彼女のヌンチャク捌きにより、一体のマグスは着実に負傷してきている。

「ユグドラームの意志のままに!」

 彼は自らの全身から猛火を放ち、小規模の爆発を起こす。爆風に巻き込まれた奏美は、全身に傷を負いながら後方へと吹き飛ばされる。それでも彼女は空中で体勢を整え、二本の脚で立ち上がる。その眼差しには、一切の迷いがない。

「正義執行!」

 今度は、ヌンチャクがモーニング・スターに形を変える。奏美はそれを振り下ろし、棘の生えた鉄球を勢いよく標的の脳天に叩きつける。眼前のマグスは少しよろけ始め、震える両脚で全身を支えながら彼女を睨みつける。彼はもう戦える状態ではないが、その顔つきに恐怖は顕れていない。そこにあるのは、病的な敵意だけだ。

「ユグドラームの意志のままに!」

 彼は最後の力を振り絞り、奏美の腹を思い切り蹴り上げる。この一撃により、彼女の体は宙に放られる。マグスはその隙を見逃さず、勢いよく跳躍する。彼の両足の爪先から頭頂にかけて、眩い炎が渦巻いていく。

「これで終わりだ! マグスバスター!」

 辺り一帯は、真っ白い光に包み込まれた。



 やがて光が収まった時、そこには全身の煤けた奏美の姿があった。彼女の頭上からは、光沢のあるメディカが落ちてくる。彼女はそれを手で捕らえ、上着のポケットに仕舞う。


 奏美の勝利だ。


 彼女は深い眠りに就いた御鷹を背負い、その場を後にした。



 *



 御鷹が目を覚ましたのは、その日の夜のことである。彼は医務室から飛び出し、真っ先に奏美のいる研究室へと駆け込んだ。彼の第一声はこうだ。

「あの盗賊団は、どうなったんだ?」

 マグスに対しても温情を抱いていただけのことはあり、彼は己の身よりも彼らのことを案じていた。対して、奏美は盗賊団の安否にあまり興味がない様子だ。

「後にしてくれないかな? 今は食事中なんだ」

 そう言い放った彼女が口にしていたものは、黄土色の液体であった。その内容物が何なのか、常人ではとても想像がつかないだろう。しかし今は、そんなことを気にしている場合ではない。

「奴らが盗賊団になったのも、人間に住処を追われてきたからじゃないのか⁉ マグスだって生きているんだ! アイツらだって、怯えてた! 手足を切られる時、助けを求めていたじゃねぇかよ!」

「ふっ……連中の信じるユグドラームとやらは、連中を助けてはくれないようだね。とにかく、ワタシたちは公安職なんだ。税金で食っている以上、我々には民意に応える義務がある」

「くっ……」

 御鷹は唇を噛みしめ、握り拳を震わせた。

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